多摩美術大学・卒業制作展
いくつか卒業制作展を見に行ったが特に完成度の高さが目立った。外観がよくデザインされていて、見ごたえがあった。なかには、こんなの良く作ったなと思うほど、きれいな仕上がりに立っているものがあった。美術大学と言う事で造形力があるからだろうか?!
全体的に統一感があり、展示の仕方がうまい。
ポートフォリオがおいてあり勉強になった。
多摩美術大学生産デザイン学科 プロダクトデザイン専攻卒業制作展
会期:2005年3月4日〔金〕~6日〔日〕
時間:10:00~20:00〔最終日-17:00〕
会場:原宿 QUEST HALL
詳細
http://www.tamabi.ac.jp/product/default.htm
デザイン系卒業制作展
http://www.fdl-italform.net/jida/edu-exhibition2005.html
全体的に統一感があり、展示の仕方がうまい。
ポートフォリオがおいてあり勉強になった。
多摩美術大学生産デザイン学科 プロダクトデザイン専攻卒業制作展
会期:2005年3月4日〔金〕~6日〔日〕
時間:10:00~20:00〔最終日-17:00〕
会場:原宿 QUEST HALL
詳細
http://www.tamabi.ac.jp/product/default.htm
デザイン系卒業制作展
http://www.fdl-italform.net/jida/edu-exhibition2005.html
工業デザインとは
↑この本勉強になります。
デザインとは次のようなことである。
①地現状も考察、把握し問題点を抽出し、その問題点を解決し、提案する行為。
②複雑を整理し単純化する行為。
③自然を大切にし不自然を見抜き排除していく行為。
④物、事を創造する営み。
⑤物、事、自然の三者のかかわりをバランスさせ統括し解決する行為。
⑥人に対し物を機能的に、美的に関係づける行為。
次にデザインについて考察してみたい。美術(芸術の美)と商業美術(生活用品の美)とのデザインは異なる。美術は極端に言うと、自分だけがこのデザインはすばらしいと思えばいいのに対し、商業美術は、世間一般の人みんなからこのデザインはすばらしいと思われなければならない。工業製品をデザインするときはこのことを区別しなければならない。が、しかし昔は混同し、消費者のことを考えず、無駄な装飾、偽った材料の製品を生産者が自分本意にデザインし、それを消費者に押し付けていた。たとえば、19世紀の建築や工業製品には、歴史様式の混同や、装飾過多などによる混乱が起こっていた。具体的には、ミシンに唐草模様をつけたり、エンジンにギリシャ建築のような装飾を施す、といった脈絡のない装飾。鉄板に木目を入れたり、石に見えるように彩色したり、といった模造である。最近では、消費者のことを考えた無駄な装飾を排除し、機能を追及したものの持つ特性、本質に美を見出した製品が増えている。たとえば、最近増え出した折畳み式の携帯電話がそうである。折畳み式の携帯電話は、折畳むことによってコンパクトになり、画面を大きくすることができる。また、ポケットやかばんの中にしまっておくとき、誤ってボタンを押されない、画面を保護できる、ボタンを大きくすることができ、キー入力しやすくできる。また見た目もバランスがとれていてよい。第一、電話をかけるとき、昔ながらの受話器を耳に当ててしゃべるという習慣があり、普通の携帯電話では、口から受話器が離れてしまって相手に自分の声が聞こえているのか不安にさせるが、この携帯電話は、口から受話器が近いため安心してしゃべることができる。これらのことから、この製品は消費者のことを考えた製品である。またデザインするうえで重要になってきていることは、その製品のを廃棄するときのことも考えることである。これらのことをまとめると、消費者のニーズにこたえて、生産者のこと、環境のことも考えデザインすることが最も重要である。
商業美術の美に対して工業デザイナーのレイモンド・ローウイ次のように言っている。「製作する製品をもっと美しくまた美しくすることによってコストも低下できる。無駄な装飾を排除して物の持つ実用的構成に美を見出す。いわば力学的均整に美があり物その物の生きるべき姿の中に直接に美の本質を発見する。そのために無駄なものは思い切って排除する。これは近代美術がもたらした芸術の上での一面の歩みである。」
デザインの良し悪しを決めるのは消費者である。しかし消費者自身、その製品が本当に自分にとっていいデザインかはわからない。つまり流行製品かもしれない。このデザインはすぐに廃れてしまう。結局はデザイナーが本当に消費者のことを考えた、生き残るデザインをすることが重要である。そのためには、工業デザイナーのレイモンド・ローウイがいっていることがてだすけになるに違いない。このようなデザインが世の中にあふれることを望んでいる。
デザインとは次のようなことである。
①地現状も考察、把握し問題点を抽出し、その問題点を解決し、提案する行為。
②複雑を整理し単純化する行為。
③自然を大切にし不自然を見抜き排除していく行為。
④物、事を創造する営み。
⑤物、事、自然の三者のかかわりをバランスさせ統括し解決する行為。
⑥人に対し物を機能的に、美的に関係づける行為。
次にデザインについて考察してみたい。美術(芸術の美)と商業美術(生活用品の美)とのデザインは異なる。美術は極端に言うと、自分だけがこのデザインはすばらしいと思えばいいのに対し、商業美術は、世間一般の人みんなからこのデザインはすばらしいと思われなければならない。工業製品をデザインするときはこのことを区別しなければならない。が、しかし昔は混同し、消費者のことを考えず、無駄な装飾、偽った材料の製品を生産者が自分本意にデザインし、それを消費者に押し付けていた。たとえば、19世紀の建築や工業製品には、歴史様式の混同や、装飾過多などによる混乱が起こっていた。具体的には、ミシンに唐草模様をつけたり、エンジンにギリシャ建築のような装飾を施す、といった脈絡のない装飾。鉄板に木目を入れたり、石に見えるように彩色したり、といった模造である。最近では、消費者のことを考えた無駄な装飾を排除し、機能を追及したものの持つ特性、本質に美を見出した製品が増えている。たとえば、最近増え出した折畳み式の携帯電話がそうである。折畳み式の携帯電話は、折畳むことによってコンパクトになり、画面を大きくすることができる。また、ポケットやかばんの中にしまっておくとき、誤ってボタンを押されない、画面を保護できる、ボタンを大きくすることができ、キー入力しやすくできる。また見た目もバランスがとれていてよい。第一、電話をかけるとき、昔ながらの受話器を耳に当ててしゃべるという習慣があり、普通の携帯電話では、口から受話器が離れてしまって相手に自分の声が聞こえているのか不安にさせるが、この携帯電話は、口から受話器が近いため安心してしゃべることができる。これらのことから、この製品は消費者のことを考えた製品である。またデザインするうえで重要になってきていることは、その製品のを廃棄するときのことも考えることである。これらのことをまとめると、消費者のニーズにこたえて、生産者のこと、環境のことも考えデザインすることが最も重要である。
商業美術の美に対して工業デザイナーのレイモンド・ローウイ次のように言っている。「製作する製品をもっと美しくまた美しくすることによってコストも低下できる。無駄な装飾を排除して物の持つ実用的構成に美を見出す。いわば力学的均整に美があり物その物の生きるべき姿の中に直接に美の本質を発見する。そのために無駄なものは思い切って排除する。これは近代美術がもたらした芸術の上での一面の歩みである。」
デザインの良し悪しを決めるのは消費者である。しかし消費者自身、その製品が本当に自分にとっていいデザインかはわからない。つまり流行製品かもしれない。このデザインはすぐに廃れてしまう。結局はデザイナーが本当に消費者のことを考えた、生き残るデザインをすることが重要である。そのためには、工業デザイナーのレイモンド・ローウイがいっていることがてだすけになるに違いない。このようなデザインが世の中にあふれることを望んでいる。
