医療技術の進歩や研究開発により、がんの新たな治療法が開発され、患者の選択肢が広がっている。治療後の生活の質も考慮しながら、患者が自ら選ぶ時代に変わりつつある。一方、急速な高齢化に伴いがん患者も増加傾向にあり、地域社会の中でのケア、サポートが一層求められている。
「切らずに治すがん治療法は脳外科が源流です」。新百合ケ丘総合病院(川崎市麻生区)の笹沼仁一院長は、同病院が誇る最新鋭のエックス線治療ロボット「サイバーナイフ」の原理について、そう切り出した。
「ナイフという名称がついているが、体にメスを入れるわけではない。近年、ニーズが増えている『切らずに直す』ための有力な装置で、保険も適用される」。サイバーナイフの基になったのは、頭頸部の病巣に放射線の一種、ガンマ線を集中的に照射し治療するガンマナイフだ。
脳外科が専門の笹沼院長は続ける。「開頭手術による患者の身体的な負担をいかに軽減するかという考えからこの装置の導入が進んだ。脳腫瘍などの病巣をナイフで切り取るような治療法なのです」。サイバーナイフも原理は同じだという。
「この鮮明な画像から全身と局所を同時に把握する。転移や他の部位の病巣も見逃しません」。がん検診、診断の最先端機器「陽電子放射断層撮影(PET)」の画像を示しながら解説するのは、同病院放射線治療科の宮崎紳一郎サイバーナイフ治療部長だ。
「サイバーナイフを使った治療の効果を顕著に高めているのは、極小のがん細胞も鮮明に映し出すPET画像との融合です。それがこの治療法の生命線」
撮影後に宮崎部長が取り組むのは緻密な治療計画の策定だ。「どんなに医療機器が進化しても、患者と直接向き合い、患者の訴えを聞くことが何より重要」と宮崎部長。鮮明な画像データと患者との対話によって、まるでテーラーメードのように治療計画を作る。患者の個人差に配慮して最適な医療を選ぶ、いわゆる個別化医療だ。
■腫瘍の動きを追尾
サイバーナイフのロボットアームは六つの関節を持ち、1200もの角度から照射が可能。宮崎部長は患者の画像を観察し、線量の分布や照射部位の数値を割り出し、照射のターゲットを緻密に絞り込む。「一つ一つの線量は微量で正常な細胞をほとんど傷つけることなく病巣に達し、さまざまな角度からがん細胞に集中して攻撃するのです」
肺などにできた腫瘍は呼吸をしただけでも移動してしまう。サイバーナイフには患者の動きを追尾するシステムが搭載されていて、患者の動きに応じ照射角度を自動修正する。
2012年8月の開院以来、この治療法を希望する患者は着実に増えているという。難治性の大きな原発性肺がんを発症した関西地方に住む70代の男性は、昨年5月に来院。治療後、3回にわたり追跡検査を行い、今年2月の検査でも悪性腫瘍は見つからなかった。
笹沼院長は「切らずに治す治療はあくまで選択肢の一つ。がんの種類によっては、外科手術が最適な場合もある。がんの治療法はここ数年で多様化しており、治療後の生活も見据えてどれを選ぶかは個人の判断。じっくり考えて選択するとともに、セカンドオピニオンを受けることが大切」と指摘している。
■患者の生の声
一方、どんなに医療技術が進歩しても、がんは難治性の病気であることに変わりはない。地域がん診療連携拠点病院に指定されている川崎市立井田病院(中原区)は、治療後の患者の生活の質向上、緩和ケアまでを見据えたトータルな支援体制で臨んでいる。
「抗がん剤によって何年も生きられるのならうれしいが、数カ月といわれると非常に悩ましい」。同病院では毎月2回、「がんサロン」が開かれ、患者や家族と医師、看護師と円座になり率直に悩み、不安、治療法などについて話し合っている。
幼児を抱えた男性患者の抗がん剤をめぐる不安に対し、同じ子育て世代の西智弘医師は自分ががんになった場合、抗がん剤による延命治療を行うべきか、妻に問い掛けたエピソードを披露した。
「子どもが成人するまでの間であれば延命治療をしてほしいというのが妻の答えだった。延命の意味は、人ぞれぞれの価値観や置かれている状況、年齢などによって違うのではないか」
西医師とともにがんサポートチームに所属する武見綾子がん看護専門看護師は、「患者同士が日常生活のアドバイスなどの情報交換で盛り上がり、私たちは聞き手に徹したり、死への恐怖や先行きの不安について話し合ったりと、サロンの雰囲気は毎回異なる。看護師としては学びの場であり、患者の生の声を聞くことで、日常の相談業務に非常に役立っている」と、これまでの活動を振り返る。
■治療後のケア必要
高齢化の進行によって、がん患者は確実に増加傾向にある。08年に新たにがんと診断されたのは約75万人。20年には約88万人に上るとの推計もある。治療後のケアは全国共通の課題だ。
同病院で緩和ケアや在宅ケアとの連携を担うかわさき総合ケアセンターの宮森正所長は「がんが完全に治らないところに医師の苦悩がある。治療後、途切れないケアやサポートにどう取り組むのか。市民病院としての真価が問われる」との認識を示す。
同病院では、退院後の患者に対し、西医師ら治療を担当した医師や看護師が訪問診療を重ねている。在宅での対応が困難になれば、緩和ケア病棟(ホスピス)へ入院してもらい、同じ医師、看護師が一貫して患者ケアを担う。
選択肢は多様化し、インターネットを通じてもさまざなな情報が流通するようになった。西医師は「患者の一番の不安は、自分がどうなっていくのかにある。例えば西洋医学で科学的根拠が立証されていない『補完代替療法』に関する情報は多くても、本人の症状に対する明確な答えはなく、不安は解消されない。だからこそ、患者と医師が互いに生の声に耳を傾け合う合うことが大切だ」と指摘している。
◆がんの治療法
外科手術、放射線療法、化学療法(抗がん剤)の三つが主で、遺伝子や免疫に着目した治療法もある。放射線治療は従来、エックス線やガンマ線など光子線(光の波)を活用していたが、先進医療では光子線よりもエネルギーが強い粒子線を利用。県立がんセンターは2015年12月に重粒子線治療施設を稼働させる。また、PETはがん細胞が増殖するための栄養分として大量のブドウ糖を摂取する性質を活用。放射性陽電子(ポジトロン)をブドウ糖に入れ投与。病巣に集まった陽電子を特殊カメラで検出することで、がん細胞を見つけ出す。
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