昔感動した映画や本を見直して、
そのときとはまた違った感動を覚える・・・
そういうことが時々あります。
「覇王別姫」という映画を久しぶりに見て、
全く違う感動を覚えました。
1930年代から1960年代までの激動の中国を舞台に
京劇役者の小楼と蝶衣、そして娼婦だった菊仙の男女3人の
時代に翻弄される姿を圧倒的な映像美で描く
チェン・カイコー監督のパルムドール受賞作品。
20年前、この映画を見たときは
レスリー・チャン扮する蝶衣が美しくて切なくて哀しくて
蝶衣にしか目がいきませんでした。
ところが今はコン・リー扮する菊仙が
切なくて哀しくて、そしてその女としての強さに圧倒され
泣けて泣けて仕方がありませんでした。
菊仙ははっきり言って、女のいやらしさ、図太さみたいなものを
前面に出したいわば悪役的存在。
20年前は嫌な女だなあと思っていました。
でも、今の私にはそこに菊仙のたまらない悲しさを感じるのです。
時代の波にのまれないように
必死に生きようとする菊仙にかっこよささえ感じます。
背筋のしゃんと伸びたコン・リーのたくましさこそ
「女」なのではないでしょうか。
小楼(この男がまた男の弱さ、ずるさ、いいかげんさみたいなものを
体現していて「いるよな・・・こういうやつ、いっぱい」
って気持ちになります)の舞台上の妻 蝶衣と現実の妻 菊仙。
徐々に菊仙は蝶衣を理解していくのですが、その過程を言葉ではなく
菊仙の表情で見せていくコン・リーがすばらしいです。
日本軍のスパイとして囚われた蝶衣の裁判。
小四(小楼と蝶衣が拾った子)に虞姫役を奪われ、
蝶衣が舞台袖から去っていくシーン。
アヘンで苦しむ蝶衣を母のように抱きしめる菊仙。
大柄なコン・リーの凜としたたたずまいに
女の強さと
どうしようもない男を愛してしまった女の悲しみが感じられ、
胸が締めつけられます。
そして文化大革命。
糾弾される小楼と蝶衣を見つめる菊仙。
そして小楼の決定的なひとこと・・・
小楼の刀を取り返し、蝶衣に手渡す菊仙。
この糾弾の場面からの菊仙はほとんどセリフがないのですが、
本当にその表情ですべての菊仙の思いが表現されていて
切なくて辛くて哀しくて悔しくて・・・・・
菊仙がかわいそうでなりません。
なのに、
20年前の私にはその悲しみが理解できなかったんですね。
私も大人になったということでしょうか。
この刀がラスト、さらなる・・・
蝶衣も菊仙の思いをわかってたんですね。
一人のどうしようもない男を愛してしまった者同士
それぞれの思いを結局は理解しあえた。
一番わかってほしかった小楼ではなく・・・
中国の嵐のような歴史のうねり
これがこの映画のストーリーの一番の主役かもしれません。
見終わったあと、しばらく立ち上がれないほどの
スケールの大きな素晴らしい映画です。