毒母から逃れ、満喫するはずの大学生活は波乱のものだった。
私は祖父母宅の二階に住んでいた。真下は祖父母の寝室だった。それがいけなかった。
私が夜遅く帰ると、二階を歩く音で祖父が目覚める、迷惑だと言われて22時以降は帰宅禁止になった。しかし大学生は飲み会が多い。私は、友達に無理を言って泊めてもらったり、1人満喫で夜を明かすこともあった。
祖父の監視は母以上だった。
テレビの音が◯時まで聞こえていた、私の生活音が◯時まで聞こえなかった、だらしない。掃除機のこの置き方は自分にしかできない。だから、お前は何日前から掃除機をかけていない。(実際はかけてた)
服装や髪型だって、監視された。
膝上のボトムスをはけば、水商売の女だと言われた。これは母にも言われていた。母の場合は、チュチュアンナの下着をストリッパーだと言った。Tバックでもない、普通のセット下着なのに。そのため、私の服は祖父母たちと一緒に洗うことを許されなかった。私は、自分で自分の洗濯物をやっていた。それも、祖父の生活の邪魔にならないようにしなくてはいけなかった。
髪の毛も染めたいと高校時代から思っていたのに、祖父に禁止された。染めた時点で家の出入りをさせてもらえないと言われ、私は見事に芋女のままで大学四年間を過ごすことになる。
最終的に私は、家にいるときは部屋のドアを閉めてひたすら篭った。話し相手はテレビだった。祖母はいい人ではあったけど、祖父が絶対だった。
ちなみに、約束されたはずの仕送り+季節ごとの服代の、後者部分はたった一度だけもらったきり途絶えた。一度お願いした事はあったが、私が帰省する度にお金をかけてやっているのに何を言うと言われ、終わった。
ついでに言うならば、大学に入ってしばらくはバイトも禁止された。学業に勤しめと。
おかげで私は、高校時代と変わらずお金がなく、友人との付き合いを断りまくる生活を送った。