5月18日の退院から3日後、母のもとを訪ねて、言葉を失いました。

左目の下にうっすらとピンク色に盛り上がっていた部分が、たったの3日でぷっくりと2つの大豆大の山をつくり、下まぶたを持ち上げていたのです。

あまりの進行の速さに、言葉がない。

だけど、なんとかしなければ!

皮膚科の先生に頂いた塗り薬をベッタリ塗り、ガーゼで覆う。とりあえず、蓋をしてやると、患部が見えない分、本人も周りも落ち着く。

しかし、皮膚浸潤はその勢いをさらに加速し、目の下から、小鼻の横へかけて、ポコポコと姿を現し始めました。

それから2日もすると、突然、右顔面が麻痺し、右まぶたは開閉できるものの、右口角は全く動かなくなりました。

慌てて病院へ電話をするも、直ぐに入院を許されない。焦りと不安に家族はタダオロオロするばかりでした。

2018年6月5日
ようやく入院。直ちに治療が開始されました。今度は、以前より強い、ブラチナ製剤の入った抗がん剤。4日間絶え間なく点滴で入れて、尿の量を毎回計測。

点滴を入れながらトイレへ行き、計量カップをあて、それをこぼさずに測り、記録し、後始末をしてまたベッドへ。何気なく行う動作が、これ程骨の折れるものかと、介助しながら痛感しました。

しかし、母の顔を占領したリンパ腫は、この治療には反応しませんでした。

目の下のガンは、多少落ち着いたものの、左小鼻の横にできた小豆粒大の紅色をした腫瘍は、みるみるうちに大きくなっていきました。

ここまで、初めて悪性リンパ腫と診断されてからの経過を綴ってきましたが、今日、母の衰弱が著しいこと、昨日(9月10日)に背骨から入れて頂いた抗がん剤の効果が見られないこと、そして一週間前から母を襲っている背骨と腰の激痛を改善することが困難なことで、これから強いモルヒネを投与して頂き、とても近い将来、母とお別れすることになりました。
自分の人生における決断は自分でするべきだという考えのもと、まだ少しだけ言葉が出る今、モルヒネのこと、私達とお別れになること、それでもいいのかと聞きました。

母は、うん、と縦に首を振り、「ありがとうね」と、ろれつが回りづらくなった口を開きかすかに微笑みました。

母とのお別れです。