第十一話:失われた記憶、苦渋の選択 11~15












ネタバレがあります。

ヒロインの名前は、「○○」と表記してあります。




















11


ーー諒さんから離れる
それは、心臓が張り裂けそうな決意だった



諒「○○・・・もう二度と、別れるなんて言うな」
 「たとえなにがあっても、別れるなんて許さない」



薬指の指輪を撫でながら、諒さんの言葉を思い出す
ロバートさんに、別れるつもりはないと宣言した日の夜、
諒さんは、「絶対に、離さない」そう言ってくれた
・・・だけどいまは、あの時とは状況が違う
私と出会ったことを忘れてしまっている諒さんに、
結婚生活を強いるのは、酷なのかもしれない


「・・・っ」


私の存在が諒さんを苦しめることになるなら、・・・諒さんから、離れなければいけない
それが妻として諒さんのためにできることなら
どんなにつらくても、受け入れないといけないーー


「さよなら・・・諒さん・・・---」


小さくつぶやくと
薬指から指輪を外し、そっとテーブルに置いた



12


アパートを出て、白金さんが滞在するホテルへ向かった
お世話になった彼らに、ひと言あいさつをしてから、日本へ帰ろうと思ったのだ
白金さんは、有馬さんと西園寺さんも部屋に呼んでくれた



志信「○○ちゃん一人でどうしたんだ?」
  「なんかあったのか?」


総司「たしかに・・・浮かない顔だな」


白金さんと有馬さんは、少し心配そうに眉を寄せている
ぐっと両手に力をこめると、笑顔を作りながら言った


「日本へ・・・帰ろうと思うんです」


総司「・・・どうしてまた急に?」


「これ以上、諒さんを苦しめたくないんです・・・」


記憶が戻らないことで、諒さんが苦しんでいること
そして今朝、諒さんに言われたことを説明した


「--いまの諒さんは、私を愛してくれた諒さんじゃない」
「それなのに、前と変わらずに生活をすることなんて・・・」
「最初から、無理だったんです」


秋緒「それは、離婚するってこと?」
  「それとも、別居?」


「・・・わかりません」
「でも諒さんが離婚を望むなら・・・応じようと思っています」



13


総司「--○○さん、本気なのか?」
 「諒だって、記憶がないから戸惑っているだけだと思うが」


志信「ああ、俺もそう思う」
   「いま、諒のそばを離れたら、後悔するぞ」


「・・・いまの諒さんに、私は必要ないんです」
「それにもう・・・諒さんを苦しめたくありません」


研究所に復帰した諒さんは、これから忙しいはず
諒さんの足を、これ以上引っ張りたくなかった


「私の記憶がないだけで、生活には支障がないんです」
「私がそばにいれば、諒さんの戸惑いを深くしますから」


少し声が震えたけれど、キッパリと言い放つ
白金さんと有馬さんは、少しさびしそうに眉を下げて、西園寺さんは、ふっと口もとに微笑を浮かべた


秋緒「離婚ってことになったらいつでも言って」
   「キミの力になれると思うよ」
   「慰謝料も、たっぷりとってあげるから」


志信「おい、秋緒」


有馬さんにたしなめられて、西園寺さんは肩をすくめた
三人とも、心配してくれていることを感じて、私は三人に向かって頭を下げた


「いろいろ、お世話になりました」


総司「・・・いつ帰国するのか決めているのか?」


「いえ、それは・・・まだ」


総司「だったら急だが・・・明後日、一緒に帰国しないか?」



14


「え・・・白金さんも、帰国するんですか?」


総司「ああ、もう視察も終わったし」
   「いつまでも、日本を留守にするわけにはいかないからな」


そう言いながら、白金さんの目が有馬さんに向けられた
有馬さんはうなずくと、大げさにため息を吐き出した


志信「俺も休暇は終わりなんだ」
   「どうだ?」
   「一人で帰国するより、にぎやかな方がいいだろ」


総司「僕たちは、さしずめ○○さんのボディガードと言ったところだな」


冗談っぽく笑っていた白金さんは、ふと真剣な表情になった


総司「○○さん」
  「このまま帰国して、後悔はしないか?」



・「後悔します」


「・・・たぶん、後悔します」


総司「だったら」


「それでも・・・諒さんに、苦しんでほしくないんです」


強く言いきると、白金さんはふっと目を伏せた


総司「○○さんは、強いな・・・」
   「わかったよ」




・「わかりません」


「・・・いまは、わかりません」


もしかして、後悔する日がくるかもしれない
でもいまは、こうすることしかできない


総司「・・・キミの決意はわかったよ」





・「大丈夫です」


「・・・大丈夫です」


気持ちを押し隠して強がると、無理やり笑顔を作った
大丈夫・・・
諒さんのためだと思えば、自分の感情なんてどうでもいい


総司「・・・そうか、わかった」




総司「一緒に、帰国しよう」
   「チケットは、俺の方で手配させてもらうよ」


「ありがとうございます・・・」


たとえ諒さんが忘れてしまっても、彼と暮らした日々は、記憶に刻みこまれている
ーーだから、諒さんのそばにいられなくても大丈夫
自分自身に言い聞かせるように
何度も、心の中でつぶやいた



15

ーー帰国当日


空港に足を踏み入れ、ぐるりと周囲を見渡した
渡米した時は、まさか一人で帰国することになるなんて、夢にも思わなかった


志信「--○○ちゃん、諒から連絡は?」


「いえ・・・ありません」


アパートを出た日
帰国するとメールを送ったけれど、諒さんからの返事はなかった


「きっと、それが・・・諒さんの答えなんです」


いまの諒さんに、私は必要ない
悲しくないと言えばウソになる
だけど、諒さんがそう望むならーー私は、それに従いたい


総司「--そろそろ搭乗時間だな」
   「大丈夫か?○○さん」


「はい・・・大丈夫です」


総司「・・・そうか」


秋緒「アメリカとも、しばらくお別れだね」


搭乗ゲートへ向かう途中、ぽつりと西園寺さんがつぶやいた
渡米してから、本当にいろいろなことがあった
そのひとつひとつを思い出しながら、ゲートまで来た時だった



??「--・・・○○っ」


「っ!?」


ここにいるはずのない人の声がーー
私の名前を、呼んでいた

  






イケない契約結婚   ©Arithmetic






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