夏休みで帰名しています。
今回の帰名は1日だけ友人と会う約束をしていましたが、それ以外は実家のことをやることでバタバタ。
家族でのお出かけもお食事も予定しませんでした。
両親の携帯の機種変更と契約変更に2日間使い(何故なら予約していた父のiPhoneに初期不良が見つかり、別日になったから)、母のセニアカーの試乗と契約、私自身の生命保険のこと。
そしてお寺さんとの相談などなど。
それにしても携帯ショップは高齢者ばかりで、頓珍漢な店員さんも苦慮されていました。
そして両親のことをみているとやっぱり二人だけで行かせるには不安な状態で、一緒にいることの意味を感じました。
1日目の携帯ショップでは最後のデータ移行の際に初期不良が見つかったので、それまでにかなりの時間を経過していて父は怒ってしまって「もう携帯なんて返してやる」とか言い出すし…いやそれやって困るの父だよと。
父と私で交渉して別機種の減額とデータ移行手続き代を無料にしてくれるというところで手を打ちました。
そして別日に再度参戦、今度はちゃんとできました。
そして担当者が代わって父にもわかるような声と話し方で対応してくださったので、ケース等も全てそこでお願いすることにしました。
前の担当者だったら多分しなかったと思う。
色々抜けるし耳の遠い父が聞こえるように対応をしてくれなかったから、何度も言ったのにね。
そんなこんなで無事父も機種変更完了、結果的に私が言っていたフェイスIDの機種シリーズに変更できて父には一番合っていたと思います。
母はSE3世代でも仕方ないけど、更に歳をとった時に仕様変更は慣れないよと言っていたのになぜかSE3世代を予約してきて、最後の2台だったので代替機種もなく父はiPhone16となりました。
帰ってきてから設定をして、DAZNやAmazonprimeをテレビで設定し、それから父の携帯の練習。
3日目の今日になると慣れてきてすいすい使ってるし、自分でも満足しているようなのでやっぱりiPhone16にして正解でした。
母は前と変わらないので安心しているみたいだけどね。
そして昨日はずっと気がかりだったお寺さんに相談に行ってきました。
両親も高齢、私もいつ何があるかわからない…色々な病気になった過程で何度も命が危ないかもしれないと言われたことがあるし、私自身も命の危機を何度も感じたことがあるからです。
そして経済面と障害を負った私がお墓を守り続けられるのか、更に私の代で最期になるのでどうしたらよいのか。
今のところ檀家ではないけれど、母方の菩提寺になっているお寺です。
そして3代前の和尚様は私の幼馴染のおじい様で、我が家のワンコたちの供養もしてくださって、私も小さなころから境内で遊んだ大事な場所です。
父方は日蓮宗、母方は曹洞宗ですが、私は日蓮宗が苦手でお経もどうしてもなじめませんでした。
父方の伯父は私の病気のことは一切知らないので、従兄弟達と一緒に父方実家の墓に入って守ってほしいと言っていました。
でも傾斜が急な山のような場所にあり、私も母も足を踏み入れることはもうできません。
そして日蓮宗が苦手なこともあり叔父にも相談し、宗派を変えることを了解をもらいました。
我が家のすぐ前にお寺があって、昔からなじみのある場所且つお経、それほど信心深いわけではないけれど私はやっぱり曹洞宗で、その中でもこのなじみ深いお寺に眠りたいんだなと和尚さんと話をしていて感じました。
そして各場所の葬儀会館のフェアに行っても感じていたことだけど、やっぱり葬儀会館での葬儀は私は嫌だなとも改めて思いました。
先代の和尚さんだったら、金食い坊主だったのできっと相談には行けなかったと思うけれど、同年代の若い和尚さんは色々と現代に合わせて改革をされていました。
禅宗は高い、それは患者さんからのお話や仕事でかかわる中で感じていたところです。
和尚さんはお布施のこと、戒名の意味合いや金額、お墓のこと、時々の供養のこと、正直にお話をしてくださいました。
私も自分ができること、できないこと、気がかりなことを正直に話すことができました。
両親の葬儀のこと、順当にいけば両親亡き後に私が旅立つ、そのときのことも色々話しました。
最近できた合祀墓のことも聞けました。
お墓を建ててもいいし、合祀墓に初めから入るのもありで、どちらでも私の経済力で何とかなりそうでした。
ご位牌を収めているお部屋も見せていただき、そのお部屋で毎朝お経を唱えてくださることもわかりました。
お施餓鬼や法事などもどこまでやれればいいのかということも具体的に聞けて、殆どがお寺さんでやれること、私はお布施とお供えとご位牌を持っていけばいいだけでもいい、行けなければお供えとお布施を送ればいいと変わっていました。
どこまでの期間供養するかも決めていいけれど、お話に行ったお寺は多くが50回忌までやっているそうです。
そこまでお願いしたとしても何とかなりそうだということもわかりました。
そしてお寺での葬儀のことも聞いてみたところ、葬儀会社2社と提携していることや葬儀会館を使うよりもずっと安価で私が望んでいたようなスタイルで葬儀ができることも知り安堵しました。
違うのは宿泊ができないこととお食事がその場ではできないこと、お釈迦様の前では物を食べては失礼にあたるからね。
そして枕経は自宅もしくは1社の方には安置場所があるので、そちらでの枕経になること。
他の葬儀があったり正月はちょっと葬儀まで待つこともあること。
どれも私の中では許容できるものばかりでした。
私は両親が亡くなったら法律家と死後事務委任契約をすることと遺言状を作ることを決めているけれど、死後事務委任契約を受けた法律家の方に葬儀のことをお願いしても良いこと、そういった方も最近出てきていることも聞きました。
和尚様には両親のことをお願いし、そして「私は最期はここで眠りたいので、お願いします」と伝えてきました。
和尚さんは「最期のことを決めることは、今を大事に生き生きと生きることにつながりますね…日々ニコニコしているように心がけることでそういう最期を迎えられます、だから私もそのことを意識しているんですよ」とおっしゃっていて、私がずっと思っていたことそのままをおっしゃっていて、やっぱり相談に来てよかったと思いました。
そして常々仕事で気になっていたことも聞いてみました。
永代供養をお願いすると寺によって相当な金額の差があることを聞いてみました。
そうしたら本来仏教では永代供養という考え方はないんだそうです。通常50回忌が弔い上げなのだけれど、安いところはその時だけ、高いところは50回忌+お寺さんへの50年分の寄付金(建物を修繕する等に使われる金額)があるのだろうということでした。
また利檀料が高額で困ったという話のことも聞いてみたところ、この辺の寺では取っていないこと、恐らく寺の修繕費等の積み立てがうまくできていないところがこの先50年いた際に必要なお布施やら何やらを全部一括で払ってねということらしい。
私はお話ししたお寺さんは魂を抜くためのお経のお布施と墓石を撤去する費用だけだそうです。
そうなんだーと納得。
そして永平寺での修行自体の話とかも聞いたり、ここ最近は僧侶の修業の場にも親が怒鳴り込んでくることもあるそうで、色々と修行の場にも変革が起きているそうですよ。
そんな話はとても興味深かったです。
私自身の最期の時のことはお話を聞いて、どうするかは決めました。
あとは両親がどんな風にして欲しいかをこれから少しずつ話し合っていこうと思います。