11/22より、入院中

16年前と同じ、髄膜炎による入院

これを引き起こしていると思われるのが

膠原病

長く患ってきた不明熱も膠原病の疑いがある

しかし、結局のところ今回も確定診断には至っていない

様々な検査でもわからない

膠原病の疑い

自己免疫疾患の疑い

自己炎症性症候群の疑い

です。

過酷な熱発と激しい頭痛から解放してくれたのはステロイドでした

ステロイド加療により体調が落ち着き

今日、明日くらいから徐々に量を減らす方向に

減らす過程で、体調の変化や血液の反応をこまめに見ながら

となる

一気に減らすと、再発の恐れがあり

時間がかかるようだ

ステロイドの量が、現在の半分以下になるまで

退院出来ないと。

順調にいってもまだ2週間以上はかかる

ステロイドの強い力を借りた分

私の体は相当なダメージを受けて

感染症のリスクを負っているらしい。

医師から、そのような話を初めて聞いたときの

自分の自覚のなさに呆然とし

また、薬の作用や、見えない感染症、様々な恐怖に絶望した。

筋力も体力も落ちているものの

今は体調が落ち着き、食欲もある

何の自覚症状もないため

飲み薬を飲んでいるためだけに病院に缶詰め状態はつらい

頭では、見えない敵と戦っているんだ

今は仕方ない

どうすることも出来ない

振り出しに戻ることが一番避けたいことだからと

わかってはいるけれど。

どこかで

ボーッとしてる罪悪感

自分がいなくても世界はまわっている孤独感

体の痛みや苦しみから解放されたことを、素直に喜べない自分

慣れない入院生活に順応しようと頑張る自分

つらくなる

家族への負担、感謝

献身的に支えてもらって

何不自由ない、恵まれた環境

のはずが、

つらくなる

無力感

この先の不安

病名がつかない、原因不明、治療法もない、

またいつ同じことを繰り返すのだろうかという無限の不安

人は誰しも、突然の病気や事故でいつどうなるかわからない

わかってはいるけれど、

自分は普通の人より、どうにかなってしまう可能性が高いと思ってしまう

16年、同じことを強く強く思って生きてきた

先々の不安から、目を反らすことが出来ず

苦しんできた

自分の生活に

自分の生き方に

強く強くブレーキをかけて生きてきた

セーブして、加減して、我慢して生きてきた

自分は普通じゃないんだと

誰にもわからない

誰かにわかってほしい

誰かに助けてほしい

でも誰も助けられない

助けて、とすら声に出せない

何やったってどうせわからない

頑張ったって報われない

救われない

自分は損してる

人に迷惑かけてる自分が許せない

自分なんか必要じゃない

でも

これは全部自分のせいじゃないって思いたかった

卑屈になった

こんなはずじゃなかった

色んな狭間で色んなこと思って生きてきた

神様なんかいない

こんだけ頑張ってきたのに

望んでこうなったわけじゃない

しあわせや、楽しみを感じる気持ちまで削がれていったら?

命あるだけで、充分

何も症状がないときは普通の生活が出来るんだから大丈夫

子どもを二人も授かれて、人生順調

人に恵まれた人生

その気持ちさえ、

自分の核さえ

自分の中から消え失せそうになる

自分らしくありたい

自分らしさって何

私は自分の命を全うする

その気持ちがかろうじて残っているだけ

つらいときどうしたらいい

みんな支えてくれてるよ

自分が自分を支えてあげんと

大丈夫やって言ってあげんと

充分やって、言ってあげんと

つぶれそう

たまにはいいやん

そんな日もあるって

誰かの役に立ちたい

人のために生きたい

理想の自分から遠ざかっても

今は自分のこと

一番に考えてもいい

そうやって

自分のこと自分自身が許してあげられたら

少しは楽になるんやろうけどな

とても苦しい

今はそんな感じ。

blogで

少しずつ吐き出して

今の自分にとって

プラスになるようにと。