ミュージカル「パレード」前楽

6/3 東京芸術劇場 プレイハウス

1700開場/1730開演

SLB

 

5か月ぶりの翻訳版ミュージカル。
前回観たのは1月に観た『キャバレー』ですが、奇しくも主演は同じ石丸幹二さん!
でもこの2作品、「ユダヤ人」という共通のキーワードとどうしようもない大きな力に翻弄されていく人々という意味では根底に同じものを感じる物語で有りながら、まったく真逆の世界観で石丸さん演じる「レオ」と「MC」というキャラクターも本当に対極な役柄。
こんな短期間にこれだけ両極端なものを演じるって精神的にも相当なものなんじゃ??
しかもこの作品、演者も観客もある種試されているような感覚に陥って観ているだけでもかなりエネルギーを使うのだから、やっているほうはどれだけ疲弊しちゃうんだろう。

とはいえ、私のお目当ては石丸さんではなく、ましてや他のキャストさんでもありません。
今回のお目当ては、「ジェイソン・ロバート・ブラウン」の楽曲!
これを聞きに来ました!!

JRBといえば映画化もされた『ラスト5イヤーズ』の楽曲と(舞台版の)脚本を手掛けたことなどでも有名ですが、『ラスト5イヤーズ』にはちょっとした縁と思い入れがあって私にとっては特別な作品。
そのJRBの代表作ということで『パレード』は前々から気になっていたのですが、『プリンス・オブ・ブロードウェイ』でトニー・ヤズベックの「THIS IS NOT OVER YET」を観てその想いがさらに強くなっていたので、まさか日本で観られる日が来ようとは!

そしてプレイハウスは初めて来ましたが、なんとなくブロードウェイっぽい劇場。
今日の席はサイドのバルコニー。
心配していた見切れもなくてとっても見やすい。
こちらの劇場オーケストラピットが広く取られていて1列目でも舞台と結構距離が開いていたので前方席もとっても見やすそう。

ただひとつ1幕前半しばらくの間、不協和音のような音がずっとしていて、一瞬(暗雲立ち込める)演出?と思ったのですが、どうやら観客の電子機器に反応したハウリングだったらしくそれがとっても残念でした。。
そんなわけでなかなか入り込むことのできなかった1幕。
しかもこの作品が「重く」「救いがない」ということはある程度知っていましたが、見始めてからすぐに『るつぼ』を観た時と同じイライラ感に苛まれ、さらにJRBの独特な旋律がこのどうしようもない閉鎖的な世界に追い打ちをかけるようで(そりゃそうなんだけど・・・)馴染むのに結構時間がかかりました。
でもJRBの旋律って聞くほどにクセになるというか、『ラスト5イヤーズ』もそうだったけど1回だけではちょっと取っつきにくく感じるのに聞くほどにじわじわと愛着が沸いてくる。
『パレード』もまさにそんな感じ。

そしてそれを体感するように2幕はぐっと引き込まれました。
一番聞きたかった「THIS IS NOT OVER YET」も前後が分かるとこんなにも意味深いものになるのかと、さらに大好きな曲に。
石丸さんは『キャバレー』で体験済だし絶対的な信頼があるけど、堀内敬子さんの生歌は初めてだったのでブランクもあるしどんな感じなんだろうと思っていましたがこちらも流石の仕上がりでした。
石丸さんとの距離感も17年ぶりとは思えないくらいとても自然で、しゃべり声は可愛らしいのに歌うととってもクリアな歌声ですごくチャーミングな人だなーと思いました。

実話であるが故にとても残酷で憤りを感じるラストは、人間の「集団心理」ほどの凶器はないとまざまざと見せつけてきて、『パレード』という華やかで楽しげなタイトルが一瞬物語と真逆に感じるけど、『パレード』という行為そのものがまさに「集団心理」の象徴だと考えると、この一見楽しそうな行為の裏に隠された怖さがこの物語を象徴しているのかもしれないなと思う。

 

 

 

【あらすじ】

物語の舞台は、1913年アメリカ南部の中心、ジョージア州アトランタ。南北戦争終結から半世紀が過ぎても、南軍戦没者追悼記念日には、南軍の生き残りの老兵が誇り高い表情でパレードに参加し、南部の自由のために戦った男たちの誇りと南部の優位を歌いあげる。

そんな土地で13歳の白人少女の強姦殺人事件が起こる。容疑者として逮捕されたひとりは北部から来たレオ・フランク。実直なユダヤ人で少女が働いていた鉛筆工場の工場長だった。北部出身の彼は南部の風習にどうにも馴染めずにいた。もうひとりの容疑者は鉛筆工場の夜間警備員、黒人のニュート・リー。事件の早期解決を図りたい州検事ヒュー・ドーシーは、レオを犯人へと仕立てあげていく。新聞記者のクレイグはこの特ダネをものにする。無実の罪で起訴されるフランク。そんなフランクを支えたのはジョージア出身の妻ルシール、同じユダヤ人だった。「レオは正直な人だ」と訴えるルシール。裁判が始まり、ユダヤ人を眼の敵にしている活動家のワトソンに煽られ南部の群衆はレオへの憎しみがつのっていく。黒人の鉛筆工場の清掃人ジム・コンリーの偽の証言もあり、レオの訴えもむなしく、陪審員は次々と「有罪!」と声をあげ、判事は「有罪」の判決を下す。

あのパレードの日から一年、夫の帰りを家でただ待っているだけの無垢な女だったルシールは変わっていた。レオの潔白を証明するために夫を有罪に追い込んだ証言を覆すため、アトランタ州現知事のスレイトン邸のパーティーを訪ね、知事に裁判のやり直しを頼む。彼女の熱意が知事の心を動かす。その結果、レオの無実が次々と明らかになっていく。二人の間の絆は、レオの逮捕により強く固く深まっていた。あらためて愛を確かめあう二人。だが、間もなく釈放されるというある日、レオは留置場から南軍の生き残り兵、メアリーの親友フランキーらによって連れ出される。

白人、黒人、ユダヤ人、知事、検察、マスコミ、群衆・・・・それぞれの立場と思惑が交差する中、人種間の妬みと憎しみが事態を思わぬ方向へと導いていく。

そして、また、パレードの日がめぐってくる。「ジョージアの誇りのために!アトランタの町の、故郷のあの赤い丘のために」

(公式HPより)