兵役の服務形態にも様々な種類があるが、東方神起のユンホは新兵訓練を終えた後に軍楽隊の隊員として兵役を履行した。このことが、今後の彼にどんな影響をもたらしてくるのだろうか。
常に音楽がある環境
ユンホはまぎれもなく、兵役では陸軍の現役兵として軍務に就いた。そして、第26師団の軍楽隊に配属になったのである。
軍楽隊の隊員も一応の軍事訓練を受けるとしても、軍務の主たるものは、師団が行なう公式行事で音楽を吹奏することだ。
非常に重要な任務であり、そうした行事で高度な音楽性を披露するためには、日常の練習が欠かせない。つまり、毎日が音楽漬けとなる。
これは、アーティストのユンホにとって、うってつけの環境だった。
音楽に囲まれた生活から一転して兵役中に軍事訓練のみになると、ブランクによって音楽のセンスが停滞することが危惧されるのだが、ユンホに関しては、そういう心配がいらなかった。
根っからの音楽好きは、そばで音が鳴るだけでうれしいものだ。少なくとも、軍楽隊にいたおかげで、「音楽から離れて寂しい思いをする」ということがなかったのである。
完全燃焼したユンホ
師団の公式行事の他に、軍楽隊には「民間支援」という役割もある。この場合の「民間支援」とは、地域のイベントに参加することであったり、規模の大きい音楽祭を盛り上げたりすることである。
こうした活動でも、ユンホの活躍がめざましかった。
実際、出演依頼は各地から寄せられてきた。それに可能なかぎり応え続けたのがユンホであった。
さらには、陸軍の世界最大級の広報イベントである地上軍フェスティバルでは、ユンホが主役級の働きをした。特に、昨年10月の地上軍フェスティバルの盛り上がりは特筆すべきものだった。
このように、軍楽隊員として完全燃焼したユンホ。兵役は辛いことも多いのだが、それを乗り越えることによって得た貴重な経験は、芸能界に復帰したあとも大いに生きてくるに違いない。
「あれが転機だった」と思える瞬間
軍楽隊員としての経験の一番重要な意義は、アーティストとして音楽の幅を大いに広げたことであろう。
どんなに企画力を発揮したとしても、東方神起としての活動は同じ道を前に向かって突っ走ることである。ひたすら、「まっすぐ」なのだ。
一方、兵役に入って軍楽隊として活動したことは、いわば「しばしの寄り道」をしたようなものだ。
しかし、この「寄り道」に意味がある。見える風景も違うし、出会う人も違う。そこで何を感じるかがアーティストのセンスであり、ユンホも大いに触発されたことだろう。
音楽は人生そのもの。そうであるならば、兵役を通して貴重な経験を積んだ彼の人生が、新しい音楽に向かわないわけがない。
間違いなく、音楽に向ける情熱と努力と発想が変わってくる。
あとで振り返ったときに「あれが転機だった」と思える瞬間が誰の人生にもあるが、ユンホにとってはまさに兵役時代の軍楽隊がそれに相当するのでは……
今後に待ち受ける「喜び」とは?
軍楽隊で活動していて、ユンホはさぞかし「ポラム」(やり甲斐)を感じたことだろう。特に、地域の音楽イベントに出たときには、「ポラム」で全身が熱くなったのではないだろうか。
大舞台で称賛された大女優でさえ、小さな劇場で観客のため息が聞こえる空間で演技をすると、震えるほどの感激を味わうという。それが、視線を浴びる側の性(さが)なのである。
東方神起としてのユンホは、ドームなど器が大きいホールでの公演が必然となっているが、地方の特設ステージに立って間近で観客の1人1人と接すると、甦ってくる魂がかならずあるはずだ。それは、スターを夢見た頃の「初心」であり、ビッグになった今の「原点」と呼べるものだ。
軍楽隊で活動しなければ思い出せなかった「初心」と「原点」が、兵役中に甦ってきたということは十分にありうる。
ファンにとっては、芸能界に復帰したユンホを見ることが最高の喜びに違いないが、実はもっとワクワクする楽しみが今後に控えている。
それは、彼の音楽が変わっていくことだ。
この「変化」はアーティストの宿命だ。恐れてはいけない。
ならば、どう変わるのか。
それを間近で見極めることが、今後に待ち受ける「至上の喜び」ではないだろうか。