はじめに、僕は結婚していないし子もいないが、第三者としての意見を書かせてもらっている。

 

子供に何かあるときは、断言してもいい、親の育て方が原因になっている。

 

教育の現場を10年見てきてわかってきた。

 

簡単に言えば

「うちの子本を全然読まなくて活字離れをしているんです。」と親

「お母様は本を普段からお読みになるんですか?」と僕

親は黙ってしまう。

親がやっていないことを子はやらない。

 

親は気づかないところで子を育てていて、意識して育てている所なんでほんの一部なんだ。

 

「子供が人前であまり自分の意見を話さないんです。」と親が言う。

しかし実際に一対一で話すとすんなり話せたりする。なのになぜ親も含めて会話すると話せないのか。子供が話そうとして話し始めると親がイヤそれは違うと話を遮ってしまうからだ。仕舞いにはお前の意見はどうなんだ自分で話しなさいと子供に言う。いやいやお父さんさっき言おうとしていたじゃないですか、お子さんの話を最後まで聞いてあげましょうよと言ってしまいたくなる。よっぽどの時は言うけどね。

折角話そうと思っても遮られて否定されるを繰り返してたら、それは言いたいことも言えなくなるよな。何かを話すと遮られると学習してしまう。大人だってそんなことをされ続けたら嫌になって、こいつとは何も話さないって思ってしまうよ。

子供の意見を尊重したいと言って、子供がやっと口に出した考えも、本当にそれでいいのか?こうしたらどうだ?と押し付けて、結果として子供の意見が通らない環境を作ってしまっている。

親にこの自覚がないから厄介なんだが、これもどうみても親のせいだ。

 

母親と息子の間にも多いことで、

「高校生になってもうちの子なかなか自立しなくて。」と親は言う。

母親からしたら、息子は彼氏であり夫であり父であるハイブリッド、いくら愛しても愛してもし足りないぐらい愛おしいのだろう。息子を育てるのにどうしても手を差し伸べすぎてしまう。これが大きな原因。

実際に親子で一緒に会うと親な子に何から何までしてあげているのがわかる。親が帰って息子が自習で残るとき、何か飲み物いる?お腹すいてたらパンとか買ってこようか?となかなか離れない。「お母さん甘い、水でも飲ませておけばいいんですよ。こんな優しいお母さんいないからな、感謝しろよ。」と言ってその場を落ち着かせた。

これだと高校3年生にもなって、お母さんに聞いてみなきゃわからない、と平然と言ってしまう男になってしまうんだな。

親離れもできないし子離れもできない親子間は早く断ち切らなければ、いつまで経っても自立でいない状態から抜け出せない。

 

「最初は塾に行っていたのに最近行きたくないと言ったりサボったりしている。」と親。

小学生からの過剰な勉強環境を強いていたのが原因。学力的には平均よりも上なのに、親は褒めることなくもっと上と比べて足りない部分を指摘する。子供は辛いと正直に僕らにもらす。これでは「学ぶ」ことが嫌いになってしまう、可哀想でならない。

 

どう育てる以前に、遺伝的な性格ももちろんある。ヤンキー夫婦だった場合は子供も活きがいい。息子は親を刺して少年院に入っていたらしいが、そいつだって話すと結構聞き分けができる良いやつ。筋が通っていればこちらが言ったことも理解してしっかり実行に移すんだ。

 

万人子供はとても素直で何色にも染まっていないホワイトと僕は思っている。だって絶対親の教育のまま育つんだもの。こんな子に育てた覚えはない、と現場でもよく聞くんだが、厳しいことを言うようだけれどそう育てた自覚がないだけなんだろう。

子供は大人の言動行動をよく見てよく感知している。その背中を見て子供本人も自覚なく育っていく。それは良いことか悪いことかの物差しもないんだから“そうするものなんだ”で吸収していく。大人はそれを知ったうえで子供と直接触れあうとき以外でも意識しておかなければならない。子供が生まれた時から一番多く接する大人は言わずもがな親である。親も初めて親になるのだから青くてしかたがないが、子の今後を決めてしまう責任からできなくてしかたがないとは言い切れない。手を掛け続けるではなく、子の目指すべき背中として常に居続けることが何よりも子を育てることになってくるんだ。

 

 

またね