小学生の頃、朝の洗顔が嫌いだった。
冬場に冷たい水で顔を洗うなんて冗談じゃない!と思ってました。
親は「はい!冷たい水で顔を洗って目を覚ましなさい!」なんて言ってたけど、こっちは
「布団から出て顔を洗ってる時点で俺の目は覚めとるよ!」
なんて思ってました。
そんな過去が影響してるのか分かりませんが、今は光熱費の無駄遣いと知りながらわざわざお湯で洗顔しちゃいます。
もったいないけど、
寒い日に冷たいのは嫌だもんね。
寒い日はぜんざいが美味しい♪
明けましておめでとうございます。
もう三が日終わっちゃいましたね。
本年もよろしくお願いいたします。
年末年始の街を見ていつも思うのは
「こんなのんびりした時間のまま生きていけたらいいのになぁ」
って事。
なのでどうしたらそれが出来るか考えてみました。
のんびりした時間は自分一人じゃ作れない。
なので宝くじで一等が当たって仕事を辞めたとしても街はのんびりしない。
全ての人がのんびりする為にはこの世の中から仕事というものがなくなるしかない。
この「仕事」には自給自足の活動も含まれます。
全人類が仕事をしないのだから、世界では何も生産されない。当然何も供給されない。
なので電気や水道、通信などのライフラインは全て無し。
食べ物も作る人売る人がいないんだから無し。
そうなると「食」を必要としない人類になるしかない。
何も食べなくても何も飲まなくても生きていける人類。
何も食べなくても生きていける人類が増えると困るので生殖能力も切り捨てよう。
人類は今以上に増えも減りもしない。
もう新しい人類は誕生しない。
子孫も残さず何も食べず何も飲まず、何もせずに生きていく人類。
それはもう、ほぼ無機物なのではないだろうか。
植物だって日光や水がなければ枯れてしまうのだから。
そんな無機物のような存在になってまで、のんびりした毎日を送りたいのか?と聞かれたらそれはやっぱり嫌なので、
人類は、たまにのんびりしながらもあくせく働いた方が良いのだと自分に言い聞かせました。
そんなワケで、お正月休みが明けたらちゃんと仕事します。
よく考えるのが
シャンプーするたびにどれだけ抜けるん!?俺の髪!!
って事。
抜けそうな髪を全部抜いてやる!って勢いで洗髪しても次から次に手にくっついてきて際限がない。
いつかどうにか、一回の洗髪で抜ける髪の本数を調べてみたい。
自分がハゲてきてるとかそういう事じゃなくて。
髪に関しては個人的ににあってもなくても構わないのです。
髪の量に関わらずカッコいい人、きれいな人だってたくさんいるしね。
で、先日
「いい歳して『このハゲ!』みたいな悪口を言ってくる奴がいて笑っちゃったよ」
なんて話を聞いて思ったんです。
ハゲが悪口として使われるようになった経緯が気になるなぁ〜って。
いや、子供なら分かるんですよ。
自分と見た目が違うってだけでからかったりしたくなるのが子供だから。
(特に昔の子供はね)
でも大人になってまで悪口として認識しますかね?
ただの髪の量なのに。
そこで考えたんです。かつてこんな人がいたんじゃないかと。
相手の事を罵りたい、でも相手はあらゆる面で自分より優れているように思えて罵れない。
そこで発見したのが髪の量だった。
他の事では勝てない、でも髪の量は俺の方が多い!
これだ!!
…からの「このハゲ!」
に至った人物。
なんて、お風呂に浸かってどうでもいい想像にふける月曜日。