【9】ストーリーとは
今まで「ストーリー」の重要性についてお話してきましたが、漠然とストーリーといっても、受け取り方には個人差があると思います。
個々の圃場や栽培の思い、加工品づくりの思いに違いがある以上、「ストーリー」は個々の農家で作っていただきたい内容なのですが、セミナーでお話しする際は4段階に分けて提案を行っています。![]()
■第1段階 作ればよいか
コロナ前は消費者にとって飽食の時代(呆食などという方もいます)といわれ、我々は好きな時に好きなものを食べることができました。しかしコロナの影響で消費者の価値観に変化が見られ、そうした変化に対応しながらものづくりも工夫する必要があります。
まずは、農家の皆さんにとって第1次産品を栽培する必要がありますが、どのような環境で栽培されているでしょうか。栽培する農産物によって、必要な環境も違います。日当たりはどうでしょうか。水は湧水、井戸水、水道水、単なる川の水、それぞれで農産物の味が異なります。
水は特に重要です。東京、京都、沖縄で全く同じ材料で豆腐を作る場合、水の違いで木綿豆腐、絹ごし豆腐から腰の強い堅豆腐に変わります。コメも同様です。逆に水をあまり必要としない農産物もあります。むしろ寒暖の差が求められるお茶、寒さで甘みが増す野菜、種や苗はサカタやタキイのタネではなく、自園で栽培した優良な種を継続して、より良いものに改良しているとか、土壌改良を研究しながら行い、農産物を栽培しているとか、農薬は使わないとか、特別栽培であるとか、有機肥料による栽培とか、ハウス栽培での栽培方法の工夫など、すでに第1段階で多くの「ストーリー」があります。
あるセミナーで水の話をしたとき、受講者の方からI社のバイヤーは日本全国水と空気は同じだと話していたと反論されたことがあります。有名な百貨店のバイヤーの話なので、むげに否定せず豆腐の話や滋賀県のトマト農家の事例を挙げて環境、中でも水の重要性について説明したことがあります。顧客の評判がファッション関係ほど食にはあまり強くないのは、ひょっとしたらそうしたバイヤーの考えが影響しているのではなどとうがった見方をしたものです。
■第2段階 どのようにおいしいのか?
消費者にとっておいしいは当たり前になっています。おいしさをどのように表現されているでしょうか。いちごや果樹などの果物に対して糖度に基準を設けてブランド化を図る動きが出ていますが、意外と糖度を計らずに出荷している農家が未だに多いのに驚きます。せっかく努力して栽培した商品を少しでも付加価値を高めて販売するための努力を怠っているとしか思えません。
寒冷地でのキャベツの保存など寒冷地野菜や雪下野菜、味に風味、食味などをおいしさ表現のために工夫しているでしょうか。
さらには鮮度や商品の見てくれはどうでしょうか。
商談会で試食を進めるのは、こうしたストーリーを実際に感じてもらうために必要です。商談会開催時期の工夫も本当は重要ですが、農繁期は避けてほしいため、つい商談の時期を失う結果にもなりかねないのです。農閑期こそ何をしておく必要があるのか、工夫する時期かもしれません。
大阪府の環境農林水産総合研究所には味覚認識装置などいろいろな装置が供えられ、食品分析機器が整備されています。味覚認識装置では食品などの先味(旨味、塩味、渋味、苦味、酸味、甘味)と後味(旨味、渋味、苦味)を客観的に測定し、「味」が比較できるようになっています。
味の測定などできないというある地方行政の方がいましたが、隣の都道府県の情報を勉強してほしいと、農家の皆さんのためにも強く思った次第です。
■第3段階 機能?
最近(2024年3月)小林製薬の紅麹を使った機能性表示食品が話題になっていますが、栄養機能食品や特定保健用食品との違いはご存知でしょうか。株式会社サラダコスモは「大豆イソフラボン子大豆もやし」で第1次産品として初めての機能性表示食品を開発しました。消費者の健康志向が強い現在、こうした栄養素や安心・安全に対する意識を強く持つ必要があります。
鮮度維持や安心安全の中で、高品質な鮮度保持、味の維持のため急速冷凍機の活用などいろいろな工夫がされています。
また、加工場等における安心・安全対策は十分されているでしょうか。
ここで「機能性表示食品」について少しふれておきたいと思います。機能性表示食品とは事業者の責任で、科学的根拠を基に商品パッケージに機能性を表示するものとして、消費者庁に届け出られた食品のことです。特定保健用食品(トクホ)は有効性や安全性について国が審議を行い、消費者庁長官が許可を与えた食品ですが、機能性表示食品は、事業者が有効性や安全性の根拠に関する情報等を消費者庁へ届出ることで、事業者の責任で機能性の表示をする食品のため、届出のための準備時間と費用が必要となります。 その時間と費用に見合うだけの売上を得られるかどうか、事業運営上のリスクがあり、また表示した機能の効果には個人差があり、効果に納得できない顧客とのトラブルの可能性も懸念され、今回のような「事件」につながることにもなりかねません。食品の機能性を訴求することでブランド化につながるとはいえ、検査体制など十分対応を考慮し、公的な検査機関などと連携するなどの工夫が必要です。
●GAPについて
東京オリンピック開催前後からGAPの取得が話題になりました。GAPは「品質」「安全性」「環境への配慮」など一定基準を満たした農作物に認められる「適正農業規範」と言われるもので、適正な農業管理の遂行のためには結構手続きが煩わしい部分もあり、対応が悩ましい部分もあります。しかしイタリアのミラノ万博の食の博覧会を視察した際、欧米におけるこうした農産物の品質保証としての管理制度に対する重要性は嫌というほど感じさせられました。
日本館での食材提供などに規制がかかり、出汁など大使館枠での商品輸出が行われ提供されたなどの話を聞くと、オリンピックの際に提供できる商材が少ないのではと心配したものです。
様々な主体が、それぞれのいろいろな実情に合わせ、独自に「農業生産工程管理 (GAP)」あるいは「適正農業規範(GAP)」などの呼称でその導入を推進してきました。いろいろな認証制度があり、認定機関の利益になるような仕組みや制度が見受けられますが、継続的に安心・安全な食材の提供ができる費用の掛からない制度の実行が望まれます。
GAPは「圃場での農作業や、収穫してから保管・選別・調製・洗浄・包装といった一連の工程において発生しうるリスクを特定し、そのリスクを減らすためのルールや手順を確立し、かつ実施している農場に対して認証が与えられる」というもので農業版ISOといわれるものです。印刷会社を設立した際ISO9001に挑戦しましたが、認証機関ごとの費用の差、継続費用の差など、また認証にかかわる提出書類の差、書類作成上のサービスの差など、いろいろな疑問を持ったものです。世界に通用する認証制度は何か、それに対する費用はどのようなものか、それが認証を受ける際の判断基準ではないでしょうか。
認証を受けたから付加価値が上がるのではなく、一貫して申し上げている「ストーリー」の、自園でのあり方を明確にする手段と考え、事業戦略の中でどう対処していくかを工夫する必要があります。どこで誰に販売したいのか、つまりどこと取引したいのか、輸出したい国はどこかなど今後の事業戦略を工夫する中で対応を考える必要があります。農水省は令和4年3月8日に「我が国における国際水準GAPの推進方策」を策定、国際水準GAPの取得を推進しており、取得は世界的なSDGsへの貢献メリットなどもありますが、取得や更新に、また1品ごとに費用が掛かるので取得された方などから情報収集されるのもよいかもしれません。
フランスのメゾンエオブジェの展示会に参加していた時、パリでのオリンピック開催が決定し、パリっ子が大喜びする姿を目のあたりにしました。通訳していただいた方のご主人がパリの三つ星レストランのシェフで、世界大会で日本人なのにフランスを代表して2位になられた方がいます。現在日本の商材をいろいろ紹介して少量ながらネットワークでの紹介を依頼しています。東京の次はパリ、そこに新たな市場があるのです。GAPの取得もそうした長期的な事業戦略の中で挑戦されてはいかがでしょうか。HACCPもしかり、身の丈に合った挑戦を提案しています。
HACCPについては長くなりますので、別の項で触れたいと思います。
■第4段階 マーケティング
せっかく栽培し、加工し、工夫した商品を無名で販売されていないでしょうか。
道の駅ではセロハンなどでラップされた上にバーコードがついているだけ、生産者の名前は分かるのですが、販売されている商品の価格はほとんど同じで差が分かりません。加工品についても、〇〇地域のジュースやジャムという表示で、裏の表示を見ないとどこで生産され販売されているのかわからない商品が結構あります。それでは顧客は価格を見て買うことになります。
ブランド化を図り、知名度を高め、売上につながる努力が必要です。そのためにはシールやパッケージのデザインにも工夫を凝らし、販売ツールや情報発信のためのHP、チラシ制作にも工夫が必要です。
滋賀県の朝宮地区で1975年から50年近く、無農薬で日本茶を製造している茶園があります。地域資源活用事業で、2番茶を紅茶にして販売するお手伝いをしました。
ブランド化を図る際、地域名称はむつかしいのですが、香というロゴを加えその下に紫香楽とネーミング、パッケージにも工夫を凝らし、滋賀県の「ココクール賞」をいただきました。弁理士さんの助けを得ましたが、ネーミングも非常に重要です。
湧水でトマトを作っていた滋賀県のハウストマトの栽培農家は、「湧水」をネーミングにしようと思いましたが、九州で既に使われていることが分かり、自園の地域名(浅小井)をうまくアレンジし「浅恋トマト」として販売、成功されている会社もあります。
商標登録に関しては、弁理士さんに相談する必要がありますが、いろいろな補助金の中にはそうした費用も負担してもらえるものがあります。実際、紅茶の申請に関しては、地元の弁理士の方に相談し、本来難しい地域名称をうまく利用しながらの申請を認めてもらえたわけです。
ブランド化を図り、商品のネーミングの工夫をしたら、商品のシールやパッケージの工夫が必要となります。どこで売るかを考えてそうしたデザインを考えないと、いくらおいしい商品ができたとしても、その市場には受け入れられないことがあります。最後まで商品化とはどうあるべきか、認識する必要があります。
さらには、そうした商品をどのように販売促進していくか、販路開拓していくか、HPやフェースブック、ブログ、インスタなど情報発信のためにいろいろな方法がありますが、バイヤーや消費者とコミュニケーションを図るためには工夫が必要です。HPでの農作物の栽培の思い、栽培した野菜などのおいしい食べ方、レシピ、調理法等々、各プロセスの「ストーリー」と合わせて、情報発信ができているでしょうか。
そうしたストーリーをHPなどの各ページで表現することがSEO対策にもつながるのです。SEOとは検索エンジンのことで日ごろ皆さんが、調べたいことやモノなどに対して、検索をかける際、1ページ目のしかも初めのほうに出てくるようにすることです。最近は自園に直売所などを併設されている農家ではMEO対策といって、検索の最初に3軒ほど紹介される店舗案内に掲載されることも重要です。
こうした一つ一つの段階において、自園の「ストーリー」を語る必要がありますが、それらをまとめて商談会でマッチングを行うためにも、FCP商談会シートの整備が必要となります。
FCPシートの各項目に対してすべて埋めることができるように、日ごろから準備をし、モノづくりを行う必要があります。
商談会での成功はすべてこうした日ごろの努力と、その努力をいかにうまく情報発信できるかに掛かっているといっても過言ではありません。
FCP商談会シートの書き方については別項で詳しく解説します。