何かから逃げてたって仕方ないのはわかってるけど、

冬の澄んだ空気の中で、あたしはあなたと過ごした夏の日を匂いを嗅いだ。


お花みたいなふんわりした匂い。

太陽をたっぷり浴びた幸せな時間。

一緒に歌ったあの歌。

全てがすーっとあたしの心に浮かんでは消える。


もう決して交わることはない、彼との運命にふと悲しくなって、電話をかけるのをやめた。


空を見上げてもここで星は見えない。


あの時の花火ももう見えない。


あたしは今日も大人になれない。

でも明日はなれるかもしれない。

だから、少しだけ寝よう。
気持ち良く飲んだ帰り道。

空からまあるい月があたしを照らしてる。

青白い夜。

あたしはふらふらと帰途に付いていた。

ガードからカツカツと音がする。
見ると杖をついたおばあさんがこちらへ歩いてくる。


片手にはCOACHのバッグ、真冬なのにに足下は青ラメサンダルにピンク靴下。
穏やかそうな表情の優しそうな青い目の小柄なおばあさん。歩く度にゆるくウェーブがかった白髪がふんわり揺れる。この不思議なおばあさんが、あたしに何か手渡そうとしている。

手の隙間からは青い透明な光が洩れている。

『なに?へんなものじゃないよね!?』


私はなぜだか吸い込まれるように手をのばした。

そのまま、青い冷たい光る石があたしの手のひらにのる。

『三百五十万円だよ』

おばあさんがかけた歯を見せながらにやりと笑った。


『ぼったくりバーかよっっ』思わずベタに叫んで突き返した。




ぐったりしながらまたふらふらと歩く。

家の前へついて、鍵を出そうと左手に持っていたバッグを右手に持ち替えようとした。
でも、右手に何か硬い感覚がある。

見てみると少し汗ばんだ青い石があった。


『さっき、返したはずだよね…』

不気味で思わず振り返った。
でも誰もいない。

手すりがあるだけだ。


怖くて手すりの向こうへ放り投げた。


振り返りもせず慌ててうちに入る。

『ふぁぁ~なんだあれは。』
さっさと寝ようと、立ち上がる。

蛍光灯の明かりを見上げて、落ち着いてみると、
ふいに涙がぽろりと落ちた。
無意識に涙をぬぐうと、
手にまたあの石があった。

蛍光灯にすけて、
手のひらを青く照らす。

掴んで蛍光灯に透かすと、あたしを青く照らした。

安心する。
無心になる。

ふと、
涙がとめどなくあふれてきた。


あぁ、
あたし…フラれて、会社も景気のよくなって猫の手も借りたいはずの今解雇されて、趣味も買い物ぐらいのあたしにはなんにもなくなっちゃったんだっけ。

契約切れて、もともと貯金のないあたしは家賃も払えないし、ここも出てかなくちゃいけない。

あぁ、だから飲んだくれてたんだ。

今まで頑張ったよ、よく頑張ったよね。


途方にくれていると一本の電話がかかってきた。

『ああ、お母さん?』


よくよく見ると、この石、昔お母さんが持ってた、誕生石に似てる色なんだ。

よく透かして見てた。

『帰ってらっしゃいよ』
母の言葉が今日はすんなり入ってきた。


『うん』

涙を拭いて、あたしは心のスイッチで気持ちを切り換えた。