こんにちは、バスボボです。
会社をたたんで増えたことは、娘と遊ぶ時間です。
一緒に外出する機会も多くなりました。
3歳の娘は体が大きく、大人びていると言われことがあります。
背伸びして大人の女性っぽく振る舞うのは、娘さんがいらっしゃる方は経験があるかと思います。
以前のブログで、人は誰でも自分で両親と、今世での使命を決めて生まれてくると書きました。
私の娘はどんなことを思って生まれてきたのか、とても気になりますが、それが分かるのはまだまだ先だと思います。
私は半年前、会社経営がどうしても上手くいかないときに、本当に落ち込みました。
同年代の経営者が、次から次へ事業を拡大しているのに、私は足踏み状態。
銀行からの融資はストップ、社員さんも少しずつ辞めていき、労働力として現場に出てもなかなか利益が出ない。
銀行などの関係機関に毎月提出する資料には、かなりの時間と労力を費やしていました。
私は疲労と過労と精神的な重圧に、だんだん耐えきれなくなっていました。
最終的には「もうダメだ、もう人生を終わりたい。」そんなところまで行き着きました。
そこから、妻の言った私の笑っている顔が見たいという言葉でなんとか生きている状態でした。
息子は私が復縁したとき、とても喜んでくれました。
そして復縁したあとに生まれた娘は私のことが大好きで、いつもパパと一緒にいたいそんな子です。
もし私がいなくなったら娘はどれだけ悲しむか、そう思うとここで人生を終わるわけにはいかない、そんな思いで踏みとどまっていました。
そこから自分を取り戻していく中で、思ったことがあります。
人は誰しも今世での使命を自分で決めて生まれてきていることは以前のブログで書きました。
ならば娘は何のために生まれてきたんだろう?
そう考えたときに、必ず果たすべき使命を自分で決めて生まれたはずです。
もしパパがいなくなった場合、そのときはとても悲しむかもしれません。
トラウマにもなるかもしれません。
しかし肉体的には家族ですが、私も娘も1人の独立した魂の存在です。
本当に娘が自分の軸で、使命を果たそうとするときに、私の存在は必要でしょうか?
いえ、必要ありません。
つまり私が娘のためにと思って踏みとどまったことすらも、私の我、エゴにしか過ぎなかったのです。
きっと家族も、他人に左右されて苦しそうにしているよりも、やりたいことをやっていつでも楽しそうな私を望んでいたと思います。
それが分かったとき、自分軸で生きていなかったことに気が付きました。
そして生まれてきたこと、今この瞬間に生きていること、それを支えてくれた家族に本当に感謝しました。
私にとっての娘の存在は、私に自分を大切にすること、今を自分軸で生きることを教えてくれました。
今を自分軸で生きることで、これまでの自分を認める自己受容、これからの自分を信じる自己肯定が出来るようになりました。
以前の私も含め、多くの人が誰かと自分、誰かと他人を比べて、自分も他人も傷つけています。
すべての人は唯一無二の存在で、宇宙の無償の愛に包まれていて、すべての人が宇宙の膨大なエネルギーを受けて幸せになる権利があります。
自分を愛する人が宇宙のエネルギーを受け取ることが出来るのです。
自分を否定することは、その権利を自ずから放棄することと同じことなのです。
自分を認める、信じる、褒める、そして愛することで自分以外の人も愛することが出来るようになります。
それは幸せな人生を自分で創ること、周りの人を幸せにすることの第一歩だと身を持って体験しました。
最後まで読んでいただきありがとうございます。