大変お久しぶりです!移住から10年経ちました!
安定期に入ったばかりのおなかの長女をお供に、片道切符で日本を出たのが2016年3月27日だったと思うので、10年です。
すぐブルンジに住むつもりだったけど、結局最初の1年はルワンダ&ノルウェーにいて、2017年からずっとブジュンブラにいます。
移住時26歳だった私も、そりゃ36歳にもなります。
てか26歳、若・・・若・・・明るい未来に希望いっぱいだったことを覚えています。今も希望がないわけではないけど、毎日が忙しくて常に現実を見て現実に生きています。
今の日々の生活以外の生活を想像することもできません。10年で3回日本に行きましたが、その方が非日常です。
当然の日常すぎて、取材や講演なので「大変なことは」や「驚いた異文化は」など聞かれても答えられなくなって久しいですが、10年経った今思うことを書いておきます。
・世界のどこにいても仕事・育児・家事は大変
・フリーランスでも生きていけるが大変
・子の日本語習得は難しい、日本人に会わないし
・ブルンジ語を多少話せても現地になじむのは難しい
・フランス語は難しい
・電気・水・インターネットないのはきついが、ガソリンがないのが規格外にきつい
・丈夫すぎて病気しないので健康面は余裕
・出産も余裕
・食のこだわりもないので食生活も余裕
・友達は外国人が多いが順に本帰国してくので、常に友達づくりしないと孤独
・ただ趣味がインドアなので友達いない期間あっても生きていける
・娘たちは親友、子離れ大変そう
・アフリカ大家族付き合いは結論しんどいのでほどほどに
・乾期の砂埃だいぶしんどい
・生活で一番つらいのは一歩外に出れば中国人として嘲笑されること。おかげで出不精。いつも同じとこしか行かない。マーケットとか生きるのつらくなるから行きたくない。白人は嘲笑されないのずるい
・日焼けやばい
・シラミやばい
・その他大小体調不良は、国で一番の病院行けば即解決
・生活が大変すぎて社会貢献しきれてない
・人生折り返し地点なので継続していきたい
・住めば住むほどこの国絶望しかない
・やれることをやるしかない
・目標は大学で開発経済学を教えること
・意外にも時々の日本人が来られるので日本語を話せるのとお土産が嬉しい
こんなとこでしょうか。
次女の産後などに多少の空白期間はあるし、フルタイムでもないけど、日本企業かその関連でずっと仕事を続けています。
同時に、ピアノ個別レッスンの生徒数が増え、昨年9月からは週4で19人をフランス語学校で教えています。
長女9歳は毎週末の宿題が大変、次女4歳は最近になってやっとやっと3年続いた大癇癪イヤイヤ期が落ち着いたけどまだ大変。学校の休みが多いし長いので(特に夏休みは2カ月半)、仕事をしながら子供に付きっ切りになることも多く、記憶が抜け落ちている期間も少なくありません笑
加えてガソリン枯渇は4年間続いており、「朝全員で家を出て子を学校に送り、日中は夫会社のオフィス、午後ピアノレッスン、夕方全員で帰宅する」以外の生活を送っていません。次女が1~2歳の頃は夜ほぼ寝れず極限でしたが、朝出て夕方帰る以外できないので昼間にデスクでつっぷして寝てました(この頃の記憶なし)。週末や休暇の移動は極限まで抑えています。夫も仕事のことが多いし。おかげで引きこもりです。
23年だけ世帯年収がほぼゼロだったので、精神が削られていましたが、それ以外は生活できています。時々日本に行くぐらいには(親子3人で往復航空券80万円する)。
クラウドファンディングで皆さんにご協力いただいたバイオガスですが、ガソリンがなくて行けない+追加で10万円以上必要+あまりの忙しさに止まったまま、ずっと心残りですが、なんとかお金を貯めて、子供たちにもうちょっと自立してもらって再開したいです。日々が大変すぎてあまり社会貢献できていないので(母子支援はずっと継続してるけど)、次の10年は育児が落ち着くにつれて社会貢献を進めていきたいです。
昨年10月に次女の頭にシラミがいると学校から指摘されて以来半年、娘たちのシラミを文字通り虱潰しに取る日々を送っています。薬を塗り、食用油まみれにし、とにかく梳かし・・とやっていますが、本当に絶滅しません・・ここ数週間は長女が本当にすさまじく、2週連続で週末に6時間ずつ費やし、何百もの卵を指でつーっと取ってました。体バキバキ、目シバシバです。丸刈りにするという選択肢だけはないので、少し髪を切りつつも結べる程度の長さを保ってます。
このシラミと、長女誕生翌日の新生児感染症以外は本当に大きな怪我病気なく、健康に日々を過ごしています。
ブルンジ語は、最初の1年でなんとなく話せるようになって以降はさほどレベルは上がってません。ずっとフランス語を勉強しており、今リモートで働いているDots forのセネガルの会計事務所と会計報告についてフランス語でミーティングするぐらいには上達しました(長い発言は英語でさせてもらって訳してもらってるが、聞き取りと短い発言はフランス語で可)。ピアノレッスンもフランス語でやってます。
次の10年は、社会貢献もしたいし、大学で開発経済学を教えたいし、でも生活のために現地雇用以外の仕事もしたいし、一生継続できる仕事だから(需要があり続けるから)ピアノレッスンも辞めたくないし、娘たちの教育にコミットしていかないといけないし(英語教育に切り替える予定だが、ブルンジで高度な英語教育を提供している学校がないため、相当な自助努力が求められる)、フランス語もDELF B2取れるレベルに達したいしと、考えたらキリがないほどやりたいことがたくさんあります。
移住した20代の頃のような体力や大胆さももうないけど、できることに全力で取り組んでいきたいです。