少々行き詰った。
というのも、自分が取り上げる思想家と同じ人物で卒論を書いていた教授の論文を読んだのだが、
書いてること、つまり先生の解釈におおよそ納得、共感してしまったため、これから自分なりの解釈をすることが難しくなってしまったのである。
個人的には、教授にある程度自分の卒論を評価してもらいたいし、そのために自分なりの解釈をして個性をだしたかったわけなんだけど。
そこで、編入する以前の大学でお世話になった先生にメールで相談してみた。
そんで、文面で上記のようなことを伝えた上で、どうすれば共感した教授と同じレールを進まずに済みますかと少し(笑)まじりで言ったら、次のような返答を頂いた。
「人の考え(生き方)は、それぞれだと思うのですが、もしわたしにアドバイスを求めるのであれば、わたしは、このような発想を放棄するよう申し上げます。わたしは、人間の成長は憑依能力にあると思っています。ニーチェなり、教授先生なりを自分に憑依させること、それにより、彼らが見ているような仕方で世界を眺めること、彼らがこだわっている仕方で問題に取り組むこと――このようなあり方が、今までの卑小な自分を乗り越える方法――ひょっとしたら唯一の方法――だとわたしは考えています。というより、それ以外の仕方で成長するということがよく分かりません。「成長」は不要だからという反論があるとしても、そのような人間こそがことさらにルサンチマンを抱く人間であることが多いので、そのような反論をする人間とは友人関係は築きにくいなと思っています。
もちろん、Mさん(私)の生き方はMさんご自身が決定されるべきものでしょうから、それに対してわたしが強制することはできません。しかし、アドバイスを求められるとしたら、以上のように申し上げます。
・・・確かに。
じつはその先生には以前からおなじようなことを言われ続けていて、たぶん今回で三回目だと思うんだけど(笑)、三回目にしてこの言葉がすごくよく身にしみた気がした。
確かにそうなんだ、ほんとに。
自分は少々、素晴らしい論文を書きたいと思うあまり、自分のために論文を書くということを忘れていたのかもしれない。
自分はこの卒業論文をやらされて始めたんじゃない、やりたくて始めたんだった。
これを先生の言葉で思い出せてよかった。本当に感謝します。
ちなみに先生はこのメールの件名に