そんな自分の思わぬ感情に慌てて首を振ると
あたしは疾風の体を渾身で突き飛ばした。

けど、実際には少ししか体は離れなかったけど・・・なぜか疾風は何も言わず 体を離してくれた。


「・・・美姫?」
「?! その声・・・」


疾風の体が退いたあとに襖の奥から聞こえてきた 聞き慣れた声の方向に顔を向けた。
外が見える先にいたのは 紛れもない・・・雅だった。

見慣れたはずの親友の顔。けど今となっては長い間あえなかったかのような錯覚を感じ、何ともいえない懐かしさとうれしさがあたしにはあった。
知らずにあたしの視界は何かで滲んだ。

「み、みやび~!!」

感極まったかのような声を上げてあたしは雅に抱きつかんばかりに駆け寄った。
もう少しで雅にダイビングする というタイミングで

あろう事か、雅は横へとスッとよけました。そりゃーもう、優美にね・・・。

おかげであたしは止める術もなく、渡り廊下を突っ切って庭に顔からダイブしてしまいましたよ。
顔全体を擦ってね、擦ってね・・・・。って!ちょっとまてぃ!!

「なんでよけるのよ!!!雅!」
「いやー・・・だって。もんのすごいブサイク面で突っ込んでくるもんだからさ。
受け止める気もおきなくって・・・ よけちゃいました。えへ」

茶目っ気たっぷりに赤い舌をちろっと見せる雅。そんな雅にあたしは上半身を起こしながら怒鳴り返した。

「よけちゃいました じゃないでしょ?!
親友に対してなんなのよ!そのひどい対応は!!

普通、親友と再会出来たらお互いに再会を喜び合うためにハグするでしょ?!
なのになんでよけるのよ!おまけに何ひどい一言添えちゃってくれてるのよ!!」
「えー。」
「えー とか言うな!!」

あたしが雅に向き直りながらゆっくりと戻る。するといきなり衣服が飛んできた。
一瞬で視界を覆う衣服 その衣服を顔面であたしはキャッチした。

「ぶっ!! な、なによ!いきなり!!」

視界を覆い隠した衣服を鷲掴むと、前方をにらみつけた。
雅の後ろに疾風がぴしっと直立して立っている。感情の込められていない目であたしを横目で見下ろすと短く、言った。

「着ていろ。今日からお前の服だ。」

そう言うと、今度は雅にも服を渡していた。

雅のは水色の淡い色合いの小さなかわいらしい花の絵柄が入った服。
そしてあたしのは・・・赤い色合いに 不吉な彼岸花のような花の刺繍が施された服だった。

            *    *    *


否応なしに着替えをさせられたあたし達。
今は疾風達もいなくなり、部屋には雅とあたししかいない。


「で、美姫。いったいどうゆうことなの?」
「え?」

突然の雅の質問にあたしは意味もわからず首をかしげた。
そんなあたしの反応に雅はため息をつくと、縫い上げた髪をなでながら言った。

「えっ?じゃないわよ。
疾風さんから聴いたわよ。

あんた、この里のくの一になることを承諾したんだって?」
「あ。あぁ・・・そのこと。うん。」

雅が質問した事がその程度の事だった事にほっと安堵を着いた。その時だった。
いきなり雅が床を力の限りたたく音が聞こえてきた。

ばんっっと言うけたたましい音とともに普段からは聞き慣れない、雅の怒声が響いた。

「あぁ、そのこと じゃ、ないわよ!
なに賛同しちゃってるのよ!あんたは!!」
「え?み、雅??」

雅の怒りを噴出している光景を目前に見るのは今も入れて数えれるほどだけ。
しかし、いくら数えれるほど見た事があるにしても やっぱり親友のお怒りモードはいつになってもなれる気がしない・・・。

しかも今回は怒られる原因すら あたしにはわからない。

いったい雅は何に対して怒っているんだろう・・・。


困惑した顔のまま、雅を見上げ続けるあたし。
そんなあたしをにらみ据えながら、雅はゆっくりと深呼吸をすると静かにゆっくりとした口調であたしに言い出した。
そんなあたしの態度に 気にも留めず、淡々とした低い声を出している乱入者は訊ねていた。
まぁ、貞操の危機だったところを助けてくれたのは 一応感謝してあげるけどね!

けど、この男は 能面のようで 全くもって感情が読めない・・・。
今度からこの男のことは「鉄仮面」とでも呼ぼうかしら・・・?

そんなことをあたしは脳内で呟いていると、鉄仮面の低い声が聞こえてきた。

「瓢。なぜ お前がこの部屋にいるんだ?・・・まぁ、お前の口から聞かずとも現状を見ればわかるがな。」
「はっ、そうかい。なら話が早いや。お前が今見ている通りだからさ、 俺の楽しみの邪魔をするんじゃねーよ。」
「それはできないな。そこの女は今日から「くの一」としてこの里に身を置くこととなったんだ。
無論 捕虜や奴隷として扱うことは禁止になる。

つまり、同志に対する強行による契行為は一族への反感と見なされるぞ。」

淡々と静かに述べる声音にはやはり何かしらの惹きつけられる魅力が感じられた。
知らず知らずの内にあたしは鉄仮面の声に聞き惚れていた。

大方の内容など、頭の中に入ってこないかのように。

「てめぇ・・・はなっからそれが目的で」
「身に覚えのない 憶測を立てるのはそれぐらいにしろ。
これは頭領・・・俺達の「頭」のご意向だ。その娘には才があると 言っているのだ。

反論があるのなら、頭領直々に申し出ればいい。」

瓢の声を遮り、鉄仮面はその顔の通り 無表情で感情の込められていない声で 淡々として言い放った。


やがて瓢は露骨に不機嫌さを表に出すと、鉄仮面に憎悪と呼べてしまうほどの眼光を向けた後その場から姿を消した。

瓢がこの場から立ち去ったことにより、あたしはやっと人並みに息を存分に吐き捨てることができた。
さっきまでの不快な気持ちや感触はいまだにあたしの体に残っているけど、新鮮な空気を肺に思いっきり送り込むことによってその不快さを少しでも薄れさせよう意識をそこから引き剥がした。

が、そんなあたしの心情にも気にもかけないで不躾な声が後ろから聞こえてきた。

「お前は人並み以上に不用心なんだな。
瓢に何度となく押し倒されて。」

その言葉にあたしはカチンっと頭に来るのが分かった。

「な・ん・で・すってぇ~・・・?」

まるで錆びついた人形のような動きで男をゆっくりと振り向き睨み上げると、さっきまでの不快感などを吹き飛ばすほどの勢いであたしは立ち上がり、鉄仮面に詰め寄った。

「大体ね!あなたが、「ここでまて」って言った後にあいつが現れたのよ?!
さっさと戻ってこなかったあなたにも失態があるんじゃないの?!
あたしが不用心なのも認めるけど、あなただって少なくとも責任はあると思うわね!!」

ものすごい剣幕であたしは詰め寄っただろう、その勢いは怒濤と言わざるを得ないと思う。
しかし、そんなあたしの怒濤の言い分に対しても この鉄仮面男 疾風は顔色一つ変えはしなかった。
そこがまた 冷静すぎてムカついてくる。
自分よりも一回りも二回りも大人なような気がして・・・

子供のように喧嘩腰になってるあたしが より子供のように思えてならないから さらに劣等感を抱いてしまう。


何よ何よ!毅然とした態度とっちゃって!
そんなにもあたしを見下したいか!!


「・・・何をそんなに憤怒しているのかは理解しがたいが、
そんなにも怖かったのか?」
「んなことないわよ!!」

誰が!怖いもんですか!


そう思ったその時、
いきなり疾風の長い、角ばっているような無骨な指先があたしの目元を掠めた。
一瞬驚いて身を引いたあたしに気を悪くする風でもなく、ぬぐった指先を疾風はただ静かに見下ろしていた。

その先には玉のような透明な雫・・・。


あたし・・・泣いてたの・・・?


その滴を目にした瞬間、始めてあたしは 自分が泣いていた と言う事実を痛感した。

痛感した後は糸もたやすく、次々に涙がとめどなくあふれてきた。
ポロポロと頬を伝いながら零れてくる涙をあたしはどうしようもなくて、拭っても拭っても止めようがなかった。

どうして涙が止まらないのか、
分からなかったけど、少しして分かった。

たぶん、怖かったんだ。
今まで威勢を張ってたけど、そうじゃなくて さっきのは虚勢で・・・
本当は、泣いてしまいたいほど 怖かったんだ。

だから、気が抜けた今のあたしにはこの涙を止める術がなかった。


すると、不意に体に何かが覆いかぶさってきた。
ううん、言い方を変えると・・・包み込んでくれた・・・のかな。


肩を抱かれて、押し付けられるように 優しく抱きしめられて
それと同時になだめるように背中を擦ってくれる大きな手。

そして、油断して 目尻にたまった涙を生ぬるく柔らかな何に舐めとられる感触にビクッと体が反射的に震えあがった。
けど、不思議なことにさっきのような瓢にされたときのような不愉快感は全くもってなくって、それがまたあたしの中で新たな疑問となっていて・・・。
少し内心で戸惑っていると、不意に耳元に掠れるような声が降ってきた。 あたしの好きな低音ボイスだ。

「・・・不思議な味だな。少ししょっぱく感じる。」
「っ・・・・・!」

一瞬、勘違いしそうなほど 官能的に聞こえる声にあたしの心臓は大きく震えあがった。
あたしは無意識に悩ましい吐息を吐くと、こめかみに柔らかい何かが触れた感触にまた息を詰まらせた。

触れるだけの何かには特に意味がないのか、押し付けられただけでこめかみからはすぐに離れた。

が、こめかみから離れた何かは続いて額、目がしら、鼻、頬・・・最後に唇にソフトなタッチで触れた。その感触が妙に生々しく、それでいて気持ちがよくて 優しく降り注ぐキスにあたしは妙な幸福感を感じた。

自然と体の奥が熱くなってくる気配がこみあげてくる・・・。
抱きしめている腕の力は変わらない。けど、なぜだろう・・・

もっと、強く抱きしめてほしいと 心の奥底で願っている自分がいることにあたしは不意に気がついた。
「・・・・フッ、ちょーどいいや。
あいつの専属ってなったんなら それを奪ってこそ あいつへの腹いせになる。」

さっきの苦々しい表情はどこへやら・・・

瓢は邪悪な笑みを浮かべながら、あたしを見下ろしてきた。
その表情は あたしの体が警戒信号を鳴らさせるほどで

あたしはその表情をいやっと言うほど見つめてしまった。

そして不意を付かれ、瓢に両手を瞬時につかみ上げられるとそのまま壁に縫い付かされてしまった。
一瞬とも取れる瞬間はあたしが「いたい」と言う間に起こってしまった
そして、それが返って この男との力の差を見せつけられたような気がして・・・

あたしは恐怖と共に自分の力の無さを思い知らされた。

さっきまでの余裕なんか微塵も感じられない。

大きな手で両手の自由を奪われた手は縫いつけられる痛みが感じられた。
目の前には瓢の顔。その目には怖いと思わせる 瓢の闇が広がっているように思えた。

体があたしの意思に反して震えはじめた。
そんなあたしの反応に瓢は口元を引き上げて笑った。まさにあたしをバカにするような笑いだ。

「フッ、なんだよ。
今さら怯えてんのか? 心配すんなよ。
すぐには終わらせてやらねーからよ。」

そう言って瓢は縫いつけていないもう片方の手であたしの着ている着物の前を肌蹴始めた。
橙色の明るい色の着物を難なく肌蹴、続いて現れた寝巻きまで肌蹴出された。

「っ!!」

さすがにこれ以上は見せたくないという意思が働いたのか、あたしは我に返ると震える体を奮い立たせて両手を拘束されながらも抵抗した。
けどさらに強い力で手首に圧力がかかったのであたしは痛みで顔を顰めた。

瓢は寝巻きから肌蹴出されたあたしの肌を見るなり、
不気味な笑みを浮かべるとあたしの肌を舐め上げた。

ぴちゃっと、生ぬるくぐにょっとした感触に あたしの背筋に悪寒という戦慄が駆け抜けた気がした。

「い、いやぁー!!!」

あたしはスイッチが入ったかのような甲高い悲鳴を上げていた。
全身に粟立つ鳥肌と恐怖があたしにさらに悲鳴を上げさせ続けた。

そんなあたしの反応に、さすがに瓢は怯んでいるのか
悲鳴を上げてから肌を舐め上げる感触がない。

あたしの頭の中でしめた!と本能的に声を上げると、無茶苦茶に暴れた。
足をばたつかせ、体をねじり、縛り上げられた腕を力の限りばたつかせた。

もう、ほとんどがむしゃらだった。自分の姿とか、周りの状況とか、すべてをブラックアウトさせてあたしは自分の中で燻っている力を使っていた。
でも、その抵抗とも言える暴れ技は長くは続かない・・・

徐々に疲れが出始めて、あたしは息を上がらせていく。

・・・目を合わせなくても、
今 目の前であたしの手首を縛りあげている奴の顔がどんな風になっているのか容易に想像ができる。

きっと、抵抗する力が弱まって疲れ果てた瞬間にあたしになにかしらのひどいことをしようと考えているに違いない・・・。

そうだ、絶対に。そんな顔をしている。
意地悪で、性悪で、劣悪な 最低な顔をしてあたしを見ているんだ・・・。

あぁ・・・いっその事。
刺し違えてでも目の前の男をぶん殴ってやりたかった・・・。

「何をしているんだ。瓢。」

あたしが後悔を頭の中で巡らせていたその時、
聞き覚えのある 静かでこの場ではあまりにも不似合いな冷静な声が前方から聞こえてきた。

あたしはいつの間に閉じていたのか、 目をゆっくりと開けるとその視線はほとんどの視界を埋め尽くす瓢を無視して
真先に声をかけた黒髪の男 疾風を目に映した。

無愛想で何を今考えているのか まったくもって読めないこの無表情男。
けれど その顔が不思議にもあたしの心に今までの恐怖を沈ませる安堵感を与えてくれた。
あたし自身が驚くほどに さっきまでの震えや怖いって気持ちが解かされていった。

そして意識したわけでもないのにあたしは安堵の息をついた。
その瞬間 どこかで「ちっ」と舌打ちする音があたしの耳に届いた。
他でもない、瓢が発した音だ。

こいつ、なにが「ちっ」よ!
あたしは本気の本気で恐怖を味わったんだから!!
絶対にこいつはいつか泣かす!!

あたしは心の中で握り拳を作りながら固く決意すると再び暴れた。

「ちょっと!早く放してよ!!」

あたしはついさっきの弱音はどこへやら 普段通りのあたしに戻ったことでいつの間にか強気の口調に戻っていた。
もっとも、放してほしいのは心からの叫びなので 口調がきつくなっても文句はなしで。

強気に戻ったそんなあたしに瓢は忌々しそうに睨みつけるとそのまま乱暴にあたしの手を振りほどいた。
解放された手首には掴まれた跡がくっきりと赤く付いていた。その手首をあたしは優しく擦りながら瓢をぎっと強く睨みつけた。
でも効果はあまりないみたいだ。ちぇっ