2011年の11月も最終日を向かえ、12月がすぐそこまで来てしまっています。

「繁忙期」という言葉が嫌いになる季節ですね、ありがとうございます。





最近の私はというと、

仕事→帰宅→飯→風呂→寝→起→最初へ戻る

の繰り返し\(^o^)/

そして、週末は、飯の部分や風呂のあとに『酒』という文字が入るわけです。



なんてしょっぱい毎日\(^o^)/



バンギャやレイヤーからかけ離れた生活をしています。

そう考えると、今、一般人らしい生活でそれはそれで楽しいなって思える。

ポジテブにいこう^p^←






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真面目な話に移行しますお



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ここんとこ、精神的に不安定な時期がありまして。

目を腫らして仕事に行ったときも数回あったわけです。

ひどい時は、仕事中泣きそうになって泣いちゃったこともあったわけです。

周りに知られないように、泣いたけどもw

でも泣いたあとは涙目になるからバレて。

詳細を言えるわけもなく、当時はただいつもどおりに接する事で精いっぱいだった。





いつもどおり振舞おうとするといきなり張り詰めた糸が切れて泣いてしまいそうになる。

なんとか、このどん底から這い上がらないと。





そう悩んでいた時期がありました。

でも、どうしても自分の中で解決できなくて。

答えは出ているはずなのにそれを受け入れたくない自分がいて。

苦しい思いをしていた。



そんな中で、『胸懐』という本を読んで這い上がれたわけだけども。



永遠なんてない。
自分の手の中にある幸せを、永遠に続かせようと願うから、人は不幸になるのだろう。
どんな幸せも、永遠には続かない。


人が苦しむ大半の理由は、ありもしない永遠を望むところから生まれる。


幸せをいつまでも握りしめていようとするから、人は不幸になる。
失うことを怖れるあまり、人は不安にさいなまれ、
失うまいとするあまり、かえって幸せを両手で握りつぶしてしまう。


今ここにある幸せは、そっと両手で包むように慈しむべきなのだ。
ただ、ひたすら愛すればいい。
人にできることは、結局のところそれしかないのだから。



この言葉たちを読んで、考えて、自分なりに解釈して、今はいつもどおりに過ごせているわけだが、
とんでもない威力があって、すげー支えになった。



それを踏まえて、私はものすごくGLAYに支えられているんだなって感じた。





長い目で見りゃ、ちょっと前まで悩んでたこともちっぽけに見える。



…それはちょっと言いすぎだけどww



全然まだちっぽけには見えないんだけどもwww



でも、もう少ししたらそう思えるような気がする。

両手でそっと包むように慈しむことを覚えようと思う。

それにはやっぱり時間はかかるかもしれないけど、人間的に成長出来ない出来事は何一つないと思っているから、頑張れる。



目の前にある壁は越えないと意味がない。

そこに壁があるから、避けて別の道へ行くのは違っている。

だから、ぶち当たって、なんとしてでも越える。

その為にも、こんなところで躓いて、小さくなってちゃダメなんだ

そう思えたから、また前を向くことが出来たような気がする。





見えないものを信じる怖さ
見えるものを疑うその弱さ





いつでも、自分らしくありたい。

自分らしくって何だろう。

って思うこともある。

そういう風に悩んでるのも、何もかもひっくるめて、これが私らしいと言えるくらい、受け入れたい。





とにかく今は、自分に向けられた好意を無駄にしないためにも、周りを愛したい。