社会のはぐれ者のひとりごと -2ページ目

自由

いつか自分で思い返して、これを読み、


そういえばこんなこと考えたことあったなと、後で思い返すことができればいいと思う。




というのも、成宮寛貴主演ドラマ「風の少年 ~尾崎豊 永遠の伝説~」を見て、


他人が演じる尾崎豊をはじめて素直に受け入れる事が出来たからだ。




今までに、ものまね番組やパフォーマンスとして尾崎豊を演じた人はたくさんいた。



だがしかし、それらは僕にとって受け入れがたいものであった。


なぜなら、彼らは自らを尾崎豊に似せよう、近づけようという


意志のもとによってなされる自由とはかけ離れたものだったからだ。


もちろん、声が似ている。歌がうまい。そう感じる事はあっても、違うのだ。



何が違うのか。


たぶん僕個人が求めていることと、彼らがしたいことが違うのだ。


そしてまた、たぶん尾崎が求めていたこととも違うのだ。


尾崎が訴えたかったものは、自由、平和、そして愛…。



様々な矛盾や憤り、疑問を感じながらも、自らの壁を乗り越えて、新しい扉を開こうとする力、情熱を


表現しようとした尾崎に対して、エンターテインメントとして尾崎を演じるタレント。



おそらく、ものまねや娯楽の中では尾崎豊を表現するのは不可能なのである。


僕はずっとそう感じていた。


それほどまでにベクトルの違いを感じさせる尾崎という存在は本当に稀有な存在だと思う。


だからこそ、白のシャツに、ジーンズ、サングラス、こんな恰好で尾崎を歌おうとする


瞬間がTV画面から流れようものなら、即座にチャンネルを変える。


きっと認めたくないというのもあるだろう。




だが、今回の成宮の尾崎は違った。


成宮は尾崎豊のコピーを演じるのではなく、全く違う成宮寛貴が描く尾崎豊を演じていたと思う。



だから、見ていて清々しかった。素直に受け入れる事が出来た。


尾崎が感じた苦悩、葛藤、挫折、苛立ち・・・


様々なものを彼なりに考え、受け入れ、イメージし、作り上げる。



自由の中から、どんなに探しても見つからない真実をつかもうとする成宮は本当に美しかった。



尾崎は「真実を求めて、走り続けるお前たちを愛している」と語ったことがあった。



そんなことを思いだした。




尾崎豊よりも長い人生を歩むことになってしまった自分。


予備校に通う途中、17歳の誕生日に「17歳の地図」を買った自分にとって、


26歳とは、はるか夢のような世界だった。



自分は他人に対して、何を与える事が出来るだろう。


そして、何か与えた事ができただろうか。


この先、何をつかむことができるだろう。


どうすれば、真実へと向かっていけるだろう。




しかし、どんなことがあってもきっと、人は生きていかなければいけない。


何度も自分自身の卒業を繰り返しながら、本当の自分に辿り着くための道を止めてはいけない。


愛すべきもの全てのために。

ぴぐ & OZAKI


そして、やっぱりOZAKIは避けては通れない

ぴぐ

完全に踊らされてる