
宮崎市の学校で受けた、僕の「いじめ」の記録
僕が学校で受けてきたのは、ただの「からかい」や「軽い冗談」ではありません。心をじわじわと蝕んでいく、深い精神的ないじめでした。
それは、小学3年生のときから始まりました。
最初は、僕が他の子と少し違って見えたからでしょうか。些細なことから笑われ、馬鹿にされ、行きたくもない場所や遊びに無理やりつき合わされたり、「○○が変なことをした」などといったまったくの嘘をクラス中に広められるようになりました。中でも今でも忘れられないのは、**「自分の性器を見せた」**という、事実無根の話があっという間に広まったことです。僕はただ、日々心を殺して笑って過ごすしかありませんでした。
小学4年生になっても状況は変わりませんでした。ある日、僕は「虫が大好き」だという作り話をでっち上げられ、からかいがエスカレート。毎日が耐え難く、限界がきて、ある日僕は暴力を振るってしまいました。…でも、それは自分を守るためでした。でもその瞬間から、僕は「危険な人」として見られ、クラスから完全に浮いた存在になりました。
小学5年生のときには、さらに信じられないことが起きました。下校中、偶然近くを歩いていた他学年の子どもたちを追い越しただけで、「障害者」「鼻くそ」「滑舌悪い」など、信じられない言葉を毎日のように浴びせられるようになったのです。僕がその暴言に限界を迎え、再び抵抗したとき、「傘を壊された」と嘘の被害申告をされました。僕の親は、それを本当だと信じてしまい、悲しみに暮れていました。それが、いちばん辛かった。
そして小学6年生。僕の心は完全に壊れ、不登校になりました。けれど、僕の苦しみを理解してくれる人はいませんでした。親は「怠けている」と思い、スマホを壊し、強制的に学校へ行かされました。でもそこにあったのは、また同じ嫌がらせと地獄のような日々でした。
僕は、教育というものは素晴らしいと思っています。でも、いじめに対する日本の学校の無力さには怒りと失望を感じています。
先生たちは気づいていたはずです。僕の様子がおかしかったこと、何度も訴えた小さなサインに。本気で向き合っていたなら、何かひとつでも、僕を守る方法があったはずです。でも誰も助けてくれなかった。
僕が伝えたいのは、「いじめは命を削ること」だということです。加害者にとってはその場のノリでも、被害者にとっては人生を壊すほどの傷になります。
最後まで読んでくれてありがとうございます、僕はまだ不登校で立ち直れてません、いじめは人の人生を壊す行為ですお子さんがいじめをされたりしてた場合は必ず停めてくださいお願いします、いじめを受けた当時通っていた小学校は、宮崎市の北側の 自然が多く残る地域にあります。