中川真一の快適座敷牢 -2ページ目

中川真一の快適座敷牢

遊劇舞台二月病の中川です。
見た物の感想とかを書いて行こうと思っております。
あと、料理のレシピとか。
あくまで僕の感想ですので、片手間に、片手間に
読んで下さい。

お手フニャフニャによろしくお願いします。


芸術創造館にて、バイオレンス作品と銘を打った作品だ。
私、バイオレンス映画も好物である。若松組を追いかけて第七芸術劇場に通ったのは良い思い出である。
しかし、私はアウトレイジは好きではない。あれは只の暴力のショーケースである。
私は、暴力に依存するしかなく、暴力を振るう者が、暴力に振り回され、暴力に支配されていく、暴力から解放されたいと願い、自身の中の暴力に抗う姿が好きなのである。それこそが、バイオレンスの醍醐味だと感じているのだ。
今回の『赤魚島』では、その辺りはあまり描かれていない。
楽しく拝見できたのだが、ちょっと好みに大きく左右されてしまう。ゴメンなさいと先に謝っておきます。
僕の考察不足かもしれないですが、、、考察を求めるタイプの作りでもないかなと。多くのVシネの様に物語から一定の距離を取りながら、手に汗握る作り方だと思った。
観客を飽きさせない手練手管に、様々な角度から沢山の面白を矢継ぎ早に繰り出してくる、流石の手腕である。ただ、集まっている面子から、ハードルも相当上がっている。その点は「てめぇのコンデションの都合やろが、ブチまわすど」ってドヤされると、もうゴメンなさいです。
楽しく見れただけ、楽しめただけという無力観。
もちろん、親友が暴力の道に進み、引き返しのつかない処に行ってしまった瞬間の無力感などはあるが、、、
描かれる暴力は、殺人(絶対に良くない)とレイプ(レイプは魂の殺人、絶対に良くない)である。あと、覚せい剤(絶対にやっちゃダメ)。
漁協組合が自己保身の為に、麻薬の売買に手を染める。そこのしのぎに大阪の暴力団が1枚噛もうと近づいてくる。
自主映画を撮りたい若者たちが巻き込まれていく。
いとも簡単にレイプが起き、殺人が披露される。遺体をパイプ洗浄剤(水酸化ナトリウム)で身元が割れないようにする。
わたしは、そんな事をしなければならない人間の「追い詰められ」が見たいと思った。
どうして、島の女性が性を売り物にしなければならなかったのか、そんな島を守りたい理由は、どうしてレイプの衝動を抑えられなくなったのか。どうパーソナリティが形成されたのか。なぜ人気俳優が覚せい剤に頼らざるおえなかったのか、夢への未練とその理由は、なぜ、映画を撮りたいのか。
常軌を逸した欲望は、すべて暴力である。暴力のショーケースとして成功だったのかもしれないが、暴力の本質には届かない。
その欲望に固執する理由こそが、暴力を描く理由なんじゃないだろうか。
遊劇舞台二月病だって、過去に連合赤軍の、山岳ベース事件を描いた際に「暴力表現が稚拙である」「人を殴った事のない殴り方だ」と批評を頂いた事がある。私も暴力を表現することは出来ていない。だが、私は思う。「暴力を振るいたくない」という気持ちを表現する事も、暴力を表現する事と同じように大事な事であると。