今年は昭和100年になるらしいですね。 わたしは昭和20年生まれで81歳ですから、計算が合わないなと、調べましたら、昭和元年は7日しかないことが判りました。
我が家には、「画報 近代100年史」という雑誌十数冊があるのですが、その雑誌は、わたしの子供の頃の発行ですから、中には生麦事件などの生々しい写真も載っていますし、柳条湖事件での、線路に立つリットン卿の写真なども載っています。
わたしが生れた年の100年前は、1845年でまだ江戸時代ですから、わたしが小学生の頃出版された画報に、幕末の事件が載っているのも当然なことなのですが、現代の昭和100年間とは、隔絶の感があります。
流石に昭和の元年頃は、ちょんまげをしていた人は居ないでしょうが(居た可能性もありますね)、第二次大戦への鼓動は、既に聞こえて来つつあったかも知れません。
昭和の最初の20年間は、戦争準備の中や、戦争中や終戦までですね。
わたしの父は、明治44年生まれで、軍隊への招集は二度受けています。
明治の中期以後や、大正生まれの人は、丁度戦争へ駆り出された年代で、不運な年代ですね。
昭和20年の終戦時に、19歳以上に成っていた年代の人達は、皆赤紙と言われた召集令状が家に届き、戦争現場へ拉致されて行きまして、沖縄の場合は、15歳で兵隊として酷使されたようでした。
わたしの叔父は、昭和元年生まれで、昭和の年代と同じ歳を取って行ったのですが、大学在学中に学徒動員で中国戦線へ送られ、終戦後はシベリアへ連行されて、骨と皮だけになって帰還したようでした。
人はいろんな不公平の中で産まれて来て、育っていくのですが、わたしと同じように昭和20年以降の生まれの人達は、まずは何と言っても軍隊への召集令状が来ない時代を過ごせたのですから、その点だけでも幸運だったと言えると思います。
そして今から100年先を考える時、もしかしたら、この時代を生きている我々は、最も仕合せな時代を生きた人々だったと言われるのかも知れませんね。
温暖化、AI化、世界政治の硬直化、・・・。 まぁいろんな問題を曲がりなりにもクリアしてきた人類ですから、曲がりなりにも100年またどうにか過ごして行きそうですが・・・。