今日は朝から冷たい雨で、外での仕事ができませんから、事務室でじっとしています。

 

藤沢周平作「風の果て」を読み終えました。 良い作品でした。

 

二度目の読書の筈ですが、改めて藤沢氏の文章に惹き込まれてしまいました。

 

小説の主人公は、或る藩の筆頭家老にまで上り詰めた武士に成っています。

 

若い頃は、百石余りの家の次男坊で、剣の道に励みますが、とあることから郡奉行の家に養子に入り、藩内の新田畑開墾に成功したことから、徐々に執政の地位にまで上がって行きます。

 

この主人公と、若い頃の剣道場仲間との繋がり、また上士に当る者との気の抜けない付き合い等々に付いて、主人公の心情が細やかに描かれており、上司や仲間、また舅や妻との会話なども含め絶妙の味わいが感じられます。

 

会話の中で、う~~む上手いなぁ、と思えるところは各所に有るのですが、特にそのように感じたところを挙げてみます。

 

主人公が、中老に就任したのち、出入りの豪商と話しているところです。

 

中老になると、藩内の商人に限らず、武家のものからでも、百両二百両の贈金があります。

 

そこで正直な主人公は、或る気のおけない豪商へ語るのですが・・。

 

< 「わしはさしあたってそんな金はいらぬ。それに、進物の品はともかく、金からは賄賂が匂う」

 

「匂うのは道理で桑山さま、その金はもともと賄賂でござりますよ」

 

「・・・・・」

 

「いずれ何かの折には、よろしくお願い申します、という意味あいのお金でござります」 >

 

このことから主人公は、清廉潔白で通っていた過去の中老が、なに一つ藩の大事業を成しえず、持ってくる金は拒まずの中老が、精力的に藩のために尽くしたことなど思い至ります。

 

そして要は、貰った金は私用に使うこと無く、藩政のために使えば良いのだと自分に言い聞かせ、またそのように運んでいくのでした。

 

わたしが、この本の中の会話に、特に惹かれたのは、そのような会話を書く、藤沢周平という作家の奥深い心情を、まるで深い沼を見るように感じたからでした。

 

解説の皆川博子さんが書いていました。

 

< 「机の脇に、未読の「風の果て」上下二巻があった。二三日後旅行に出る予定があり、長い車中の楽しみに、私は大切にとっておいたのである。

 

ところが、つい、手がのびて、ページをめくった。 読み始めたら、止めるどころではない、止めようと思うゆとりもない、原稿用紙にして千枚をこえるであろうこの長編を、ひたすら、むさぼり読み、読み終わったとき、快くみたされていた。」 >

 

わたしの場合は、読書時間は、一日の内ほんの少ししか有りませんので、一気に終わりまで読むというわけにはいきませんが、毎日すこしづつこの本を読むのが楽しみで、読み終えた時にはやはり心地よくみたされていたものでした。

 

まだまだ藤沢周平さんの本は、図書館に多く有りますから、他の本を時々挟みながら、読み進んでいくつもりにしています。

 

 

春蘭のカレンダーから借りました。