加藤陽子著「戦争まで」を読み終えました。 内容に付きましては先日ザっと項目を挙げましたが、何れもなかなか他の本には無い掘り下げようで、とても興味深く読むことができました。

 

此処に特に興味深かったことを書けば良いのでしょうが、それは余りにも多すぎて、とても疲れる作業だと言えます。

 

しかしそれでも、何も書かないというのも自分でもどうかと思いますので、一つだけ、自分ながらとても大事なことだったのでは、と思われたことを書いてみます。

 

その大事なこととは、過去の本からでも何度か見られたことであり、特に以前、吉村昭氏のエッセイから強く印象付けられた言葉でもありますが、次のような事象の内容が、この作者の書かれた文章へと繋がって行きます。

 

「戦後、先の大戦に於いて最も非難されるべき者は、軍の上層部の者達である、とよく言われるが、実は国民の多くが戦争推進論者であった。 戦争に対して消極的な意見を語ったり、消極的な姿勢を採る者を糾弾してきたのは、実は大多数の国民だったのだ」

 

これらのことに付きまして、「戦争まで」の著者は次のように書いています。

 

< 自分たち身の回り三メートルの世界の幸福を考えていてよいはずの民衆が、なぜ、一番強硬なところへ、天皇さへも恐れなければならない(軍部の)勢力や意見に引っ張っていかれちゃうのか。 

 

その哀切さに、誰しも(心を)打たれますね。これを避けるための一つの知恵は教育だと思うのです。(中略)

 

尋常小学校から高等小学校までの教育と、中等学校以上の教育の内容がかけ離れていました。 普通の子供たちにとっての天皇は、終身の授業で習う天孫降臨神話の中の登場人物です。

 

本当の古代史上の天皇について、史料から日本史を教えて貰えるのは、旧制高校へ入ってようやく一年目です。(中略)

 

しかし、その真実を教えてもらえた人は、割合からいえば、100人に一人くらいしかいなかった。正直な教育が大事ですね。>

                                            ( )はわたしの記入

 

以上、戦前の教育環境そのものが、軍部の教義やフェイクニュース、またマスコミの扇動による、大多数の国民の戦争同調への真因として捉えられています。

 

わたしはこの考え方には納得するとともに、最近の身近な例として、じゃあ、トランプ氏が大統領に当選するアメリカの教育現状などは?と、この話に直接に繋がることではありませんが、ちょこっと考えてみたりしたのでした。

 

威勢の良い話になびく心理、単純で理解しやすい断定的な意見に飛び付く心理、今までの施政に不満を持つことで、確証なき新手法に諸手を挙げる心理、その結果は、それまでより、より悪い結果を招くような気がしているのです。

 

アメリカでの高等教育現場の報道は時に見られるものの、一般民衆のそれの実情も、知っておきたい気持ちになってくるのでした。

 

 

わたしの今年大学へ入る孫に、世界史の好きな男子が居ます。

 

この本「戦争まで」をプレゼントしたいような気がしますが、猛勉強の末入学を決めた今、暫くはのんびりしたいだろうと、大学とは縁の無かったじいちゃんとしては考えてしまうのでした。

 

それにしましても、またしてもわたしの子供の頃からの疑問解決には、この本でも至りませんでした。

 

この本には、戦争が始まるまでの各国の政治的駆け引きなど、各国の人間がどのように動いたかが、詳しく資料を基に語られていましたが、その方面の書物は実に多く存在しているのですね。

 

世の「戦争学」は、戦略戦術を書くか、今回の「戦争まで」のような政治学的歴史書ばかりのようなのです。

 

立花隆著「猿学の現在」にも、猿学からの人間への研究目的の必要性、のようなことは書かれていましたが、本の内容は猿学の範囲内で終わってしまっていました。

 

わたしの無いものねだりなのかも知れません。

 

 

キュウリの第一回目の播種の方の芽が出そろいました。 2月26日に蒔いたのに、今年は随分遅く成りました。

ポットに入れたいのですが、明日はまた出張で、明後日に成ります。

 

二回目の播種の方もぼつぼつ芽が出ています。此方は3月9日に蒔いたのですが、陽が照ったので早くなりました。

 

今度の金曜日位からいろいろと忙しく成ります。毎日10時間寝て頑張って行きます^^