最近は「ニムロッド」上田岳弘著を読みましたが、円城塔著の「道化師の蝶」「松の枝の記」は途中で止めました。

 

「ニムロッド」と「道化師の蝶」は芥川賞作品ですが、わたしには何も残らない内容でした。

 

「ニムロッド」は或るサーバー会社(こんな表現で良いのかどうか分かりませんが)の社員が主人公ですが、社長にビットコインの発掘を命じられ新しい課を作りそれに当たります。

 

そして彼にはニムロッドというあだ名の同僚の友人が居て、その友人は新人賞を何度か落ちた小説も書いています。

 

また主人公は、離婚歴の有る或る女生と付き合っていて、これら三人の付き合いと、バベルの塔に絡んだ余談、また過去の構造不適飛行機の余談的話の絡みが全体を形作っています。

 

だらだらと読んで行きましたが、だらだらとなにも残らずに読み終えました。

 

この小説の中に、これぞこの小説の内容のような・・・、と思わせる文が有りました。

 

{ ただごろりと文章があるんだ。意味なんて知らない。展望があるかどうかも知らない。僕はだめな人間だから、そんなことは考えない。僕と同じ駄目な人間がそうであるように、この文章はただ、ごろりとここにあるだけなんだ。}

 

これを読んでいると、わたしも含められてころがっていることが解ります。 読後感想文が簡潔に成ることに寄与してくれています。

 

そんなことで次は「道化師の蝶」を読み始めましたが、こちらはだらだらと読む以前の、内容不解な小説で途中で止めてしまいました。

 

わたしとしては、芥川賞作品を沢山読んできた中で、良く有ったことなのです。

 

小説を書く、と言うことについて考える時。 作家自身が自分に向けて書いたものか、読者の方を向いて書いたものか、と考えることが良くあります。

 

わたしはざっと考えた時、芥川賞作品には前者が多く、直木賞作品には後者が多い、と思っています。

 

勿論わたしのいい加減な考え方から発したことですから、当てはまらないことも多く在りましょうし、例外も多く有るのですが、逆の面から考えますと、直木賞作品で、作家が自分に向けてのみ書いた作品というものはほとんど無いように感じます。

 

直木賞作家の皆さんは、小説を書き始めてもう多くの年月を経ている場合が多く、作品の中に読者の受けを考慮した部分がどうしても多く見られるように成ります。

 

もう既に生活が懸かっている場合もあるでしょうし。 

 

その点芥川賞は或る面登竜門的存在でもありますから、自己の発露として書き込まれた場合が多くなるように思うのです。

 

そうしてそのような作品を各方面から拾い集め、選考委員の人達が評価をするのでしょうが、以前「芥川賞全集」を読んでいる時、この選考委員による書評がとても面白く読めたものでした。

 

わたしは自分の解らなかった作品の評価を読むのがとても楽しみでした。

 

どんな点が優れていて受賞に至ったのか、を知ることも興味が湧きますし、また貶している委員の書評を読むのも楽しいのです。

 

そしてその貶しようが気に入ると~そうやろ・・そうなんよなぁ・・~と悦に入っているのです。

 

そんなこんなで今度は直木賞受賞作品から読んでみることとしました。

 

逢坂剛さんの「カディスの赤い星」という作品です。

 

ちょいと解説を読むとギターに関する物語のようです。 何時も書きますが音楽好き人間ですから、スーと入っていけるかもしれません。

 

2~3ページ読み始めましたら、スペインの国のことから始まっています。

 

特にスパニッシュ・ギターは大好きなジャンルですから・・・、これから楽しみです。

 

 

昨日はまた仕入れに行ってきました。

 

市場はもうクリスマスや年末用の花々です。

 

しかしまだまだ皆さん寒さに慣れずに、クリスマスや年末と言った雰囲気でも無さそうです。

 

ポインセチアです。 なぜかクリスマス前に出て来ます。 いまやクリスマスの花ですね。

 

 

シクラメンです。 此方も年末年始の飾りものですね。 

 

こちらはちょいと珍しいエアープランツです。 このままポイと置いておけば空中の湿気で育つらしいです。

 

昔は良く見かけましたが、久しぶりに出て来ました。

 

次はヘミジギアと言うそうですが、わたしは良く知りません。 葉が斑入りですから寄せ植えに良いかも・・、寒さにはどうですかね。

 

いろいろと帰りに寄っていましたら、夕方になり暗くなりはじめました。

 

近年は夜の運転はしないようにしていますから、なんだか心細いような感覚に成ってきました^^;