「薄情」という絲山秋子さんの本を読んで、引き続き「離陸」「『勤労感謝の日』『沖で待つ』」の二冊を借りて来ました。
『「勤労感謝の日」「沖で待つ」』は、「沖で待つ」の方が芥川賞を受賞していますから借りたのです。
まず先に借りた「離陸」を読んでみましたが、こちらは途中で止めてしまいました。
途中までは面白そうだったのですが、主人公がパリのユネスコに転勤になってのち、生活の様子は面白いものの、周囲との繋がりが広がるにつれて、わたしには興味が薄れていきました。
ちらりと解説を読んでみると、国際スパイ網に関連した方向へ話が進んで行くようなのですが、何となくそちらへの導入部が気に入らず、個人生活に付いてはいろいろと関心が持たれることが多くあったのに、残念なことでした。
それで次に「勤労感謝の日」から読みましたが、これは傑作でした。
或る一人の無職女性の日々の生活の中の一シーンを描いている中編なのですが、文章の歯切れが良く、またユーモアが効いて、絲山さんの体験記かな、と思わせるような感じで読ませられました。
ところが「沖で待つ」こちらは芥川賞受賞なのに、ぬるま湯の風呂に入っているような緩い感じがして、沖で待つの意味も、なんだかなぁ~という感じの物でした。
いずれもあくまでも個人的な感想ですけどね。
木曜日には車で片道50分の仕入れ出張に行ってきました。
ところが10分ほど走った所に在るスーパーで携帯を忘れていることが判りました。
取りに帰るのも面倒ですからそのまま目的地にまで走りましたが、何十年ぶりか解りませんが、携帯無しで運転して出かけるということも変な感じがするものですね。
変に安全運転まで心がけてしまいます。
行きがけに公衆電話がないか探しながらいきましたが、あっ、と見つけた時にはもう走り過ぎていて、急に止まる訳にもいきません。
結局帰りにそこの公衆電話から店に掛けてみましたが、特に商売上の用事は無くて、娘の夕食の用事だけでホッとしました。
公衆電話を利用したのは何年ぶりでしょうか。 わたしは長距離運転が多い方でしたから、昔は良く利用したものです。
公衆電話は若い頃は必需アイテムで、いろんな思い出も有ります。
その中の一つに、大阪の或る大学内の公衆電話があるのですが、そこの電話ボックスは正門を入り10mほど歩いたらグランドの手前に在りまして、わたしは時々それを利用するために校内へはいりました。
田舎の家に電話する時や、長距離電話で特にその公衆電話は役立つのです。
何故かと言いますと、数多くの10円硬貨を入れて話した後、受話器をガチャンと戻すと、ジャラジャラジャラと入れた10円硬貨が全て返って来るからなのです。
誰かが電話ボックスの壁に「母ごころ」と落書きしていました。
そこの大学内では有名なことだったでしょうね。 もう50年以上も前のことですから、書けることですけど。
電話ボックスを出た後、記念に写真を撮りました。 周りは草が茂っていますが、ボックスの中は奇麗でした。
カメラは持って行ってるのです^^;
