久しぶりに素晴らしい本に巡り会いました。 これも各種受賞作品読書習慣のお陰です。
始めて読む作者の本ですが、この本の場合は「第25回周五郎賞受賞」の背表紙を見て何も確かめずに借りたのでした。
それ以前先月から今月に入っては芥川賞受賞の「影裏」と、直木賞の「愛の領分」を読んでいますが、前者はともかく後者は余り感慨の湧かないものでした。
今回の「楽園のカンヴァス」は原田マハさんの著作ですが、この作者は、わたしでも題名だけは知っている作品を多く書かれているようです。
「キネマの神様」や「本日は、お日柄もよく」等は存在を良く知っており「キネマの神様」は映画の方を見た記憶があります。
しかし原田マハさんの作品を読むのは今回が初めてでした。
そして初めての作品が、わたしの中では最高の評価の列に加えることのできる一冊だったのです。
「楽園のカンヴァス」は絵画の世界の物語でした。
以前「音楽人間、絵画人間」ということをここで書いたことが有りますが、わたしは完全な音楽人間の方なのですね。
まず身近に有るのが音楽の方だからと言えることも有りますが、過去の経験から、音楽に対した時と絵画に対した時の感激度の深さには大きな違いがあります。
過去に絵画に対して涙が出るほどの感激は経験したことはありません。
そして多くの方が良い絵画だ、素晴らしい絵画だと評価している絵に対して、その良さが解らないことが良く有ります。
まず一番理解度の測り易いのがピカソの絵なのでしょうが、ゲルニカにしてもその他の絵にしても哀しいかなわたしには何も伝わってこないのです。
わたしが良いなぁ・・・と感じる絵は、田舎の雪景色を描いた絵ですとか、田舎の風景に農夫や牛や馬を配した絵などなのです。
花の絵などの静物や、パリの街角風景画などにも然程心が動くことは有りません。
上手いなぁ・・・良いなぁ・・・と思うことは良くありますが、感激するほどにまで至ることは稀なようです。
そして今度の本「楽園のカンヴァス」は、主に画家アンリ・ルソーについて書かれた作品なのですが、わたしは画家ルソーの存在や絵について今回初めて知りました。 ルソーと言えば哲学者の名を知ってる程度です。
この本では主にアンリ・ルソーの作品「夢」と、内容はほとんど同じ「夢をみた」について書かれています。
フランスの或る有名絵画収集家の招待を受けて、日本の美術館監視員の女性とニューヨークの近代美術館研究員の男性が、収集家の所有するルソーの絵「夢をみた」の真贋審査へと出かけます。
二人はそれぞれ出かける前から、身の回りに決して軽くない事情を抱えているのですが、二人に共通することは、二人共誰よりも画家ルソーを高く評価し、誰よりもルソーの研究に没頭してきている、ということなのでした。
フランスの或る有名絵画取集家も、ルソーには特別の思い入れを持つ人物なのですが、世界の絵画会でも謎の多い人物としてその名は知られています。
そのような人物に招聘された二人は、有名収集家の邸宅近くのホテルに泊まり、邸宅に通いながら、七章まで成る或る文章を読むことを課せられます。
この文章の内容がまた面白いのですね。 ルソーとピカソなどの交わりが具体的に書かれていまして、絵画「夢」と「夢をみた」に描かれている女性ヤドヴィガも登場します。
この作品の巧みな構成ですね。
七章の文を読み終えた二人は、遂に最終日に「夢をみた」の真贋を謎の収集家の前で発表するのですが、それがまた幾重もの人の感情や思惑、また恋心などの絡んだもので、そしてまたそれらが断ち切られるようにして結末へと雪崩込んでいきます。
絵画には音楽程の感激度のないわたしですが、この小説から絵画の見方として大きなヒントを得た気持ちにもなりました。
わたしは今まで絵画を見る時、「なにか強くうったえて来るものがあるか?」ということを念頭に見てきたのですが、この本でまた違う見方があることを知りました。
それは「絵が生きているか?」ということでした。 今後はそちらの方も心の受け方の基準にしたいと思っているのです。
娘一家が帰省していました。 愛犬ちゃろも一緒でした。
我が家に犬が居る・・・、愛犬ドラミ以来何十年ぶりでしょうか。
なかなかわたしに近づきません。 二日間ではむつかしいですね。

