本に対する好みというものは可笑しなもので、これは説明の付かないものから理屈の解っているものまで、様々なのですね。
わたしは毎日何がしかの本を読んでいますが、概ね最後まで読んでしまう本の方が多いものの、中には途中で読むことを止めてしまうこともあります。
大体完読する本としない本の割合は、7対3位でしょうか。(映画鑑賞よりはかなり確率が良く成っています)
完読せずに途中で止める本の場合、難解だからということで途中で止めることもありますし、テーマが合わないからということもありますが、小説の場合は何となく雰囲気が合わないから、ということも有りますね。
今読んでいる本の場合は複雑ですね。 天道荒太と言う人の「家族狩り」5部作の内の3部という本なのですが、テーマは余り好みの部類では有りませんが、部位に寄っては読めて行ける程のテーマです。
家庭内暴力などが主題に成っている小説ですが、作者自身がその方面に大きな関心を抱いている関係か、同じような問題提起が、登場人物を通して詳しく何度も何度も語られています。
元々この方面のテーマに興味が有って手に取った訳ではなく、背表紙の(周五郎賞作品)のインデックスを見て借りましたので、このような内容であることは全く予想外のことでした。
家庭内の諍いの場面などは一応読みますが、ほとんど斜め読みしまして、登場する刑事の捜査の場面などは、普通に読んでいます。
しかし3部の中頃に来ますと、その刑事の捜査にも家庭内の諍いが関連して来まして、それによって徐々に関心が薄れ、何時止めようか・・・状態に成って来ました。
それと言いますのも、この本の2部を読み終えて図書館が休みの火曜日に、ちょいと手に取って読んだ東野圭吾著「虚ろな十字架」が、途中まで割と面白く読めたこともあるのです。
図書館が休みでも何か読まないと活字中毒患者としては困りますから、娘の借りている「虚ろな十字架」を繋ぎに読んだのですが、どうも以前読んだ同じ東野圭吾著の「希望の糸」よりは面白そうでした。
それと「家族狩り」と一緒に借りた辻仁成著「海峡の光」も良さそうな感じなのです。
そのようなことで、単に気分が乗るかどうかということから、今まで3部まで読んで来た「家族狩り」はこの付近にまでにするつもりなのです。
とは言いながら「虚ろな十字架」の進み具合では、また手に取ってみるかもしれません。
「虚ろな十字架」を借りて来た娘はイマイチだったようなことを話していましたので、これはひょっとしてわたしには合うかも知れないなとも考えています。
今までの経験から、二人共に良かったと言える小説は、片手で数えられるほどしか有りませんので。
本当に本に対する好みとは、不思議で面白いものですね。
先日の山シャクヤクとも言う植物の花が咲きました。 本当はシャクヤクでは無いそうで、趣味家の間での通称名ですから、ややこしい言い方に成ってしまいます。
この花はとても短命で、多分明日には散るかも知れません。
次はおたふくアジサイのつぼみです。 元気良く年を越えました。
次はサニーレタスの苗です。 キャベツの苗もキュウリの苗もカボチャの苗も完売してしまいました。
ネギ苗も元気です。 活力剤を掛けたらグンッと大きく成りました。 単純と言うか判り易い苗です^^



