阿川弘之著「米内光政」を読み終えました。
期待通りの内容でしたが、期待通りであるということだけで、内容に沿った感想のようなことを逐一書く気持ちには成れないのですね。
旧軍隊の中の良心のカケラとでも言いますか、頑迷な陸軍に対抗した海軍の中でも、特に目立って冷静な一人だったのですが、その存在価値は戦争の最終始末期に際立つ位で、戦争中の軍隊内や国民感情の中では埋没したままのようだった気もします。
本の内容は膨大なものがありますが、米内光政を語る上で象徴的な文言を挙げておきます。
それは戦後GHQ軍政部の某陸軍少佐が旅行中大分へ寄り、米内提督の秘書官だった麻生孝雄元海軍中佐を訪ねた時語った言葉でした。
「米内大将については、自分たちの方ですべて生い立ちから調べている。命を張って三国同盟と対米戦争に反対した事実、終戦時の動静もすべて知っている。米内提督が戦争犯罪人に指定されることはありえない」
終始一貫して基本的に開戦に反対してきた、山本五十六、米内光政、井上成美とその周辺の人々は、終戦後にして初めて庶民に知られたのであり、戦前から戦争中は軍部とマスコミの宣伝の陰に隠されたままだったのでした。
そしてこのような言葉もこの本で初めて知りました。
山本五十六連合艦隊司令長官が近衛首相に呼ばれて語った言葉「・・・是非ともやれと言われるなら、最初の一年や一年半は思う存分暴れてご覧に入れます・・・」は有名ですが、これに対して井上成美大将は 「山本さんはなぜあの時あのようなことを言ったのか、軍事に素人で優秀不断の近衛公があれを聞けば、とにかく一年半は持つらしいと曖昧な気持ちに成るのは決まり切っていた。海軍は対米戦争はやれません、やれば必ず負けます、それで連合艦隊司令長官の資格がないと言われるならわたしは辞めますと、なぜはっきりと言い切らなかったのか」
このような国にとって最も大事な言葉は、世間には洩れないのですね。
世間にはともかく威勢の良い言葉だけが軍部やマスコミにより伝わります。その方が新聞も雑誌も良く売れるからなのですね。 広告も集まりが良くなるわけなのです。
戦争中に埋没してしまった事柄が、戦後元海軍士官の阿川弘之氏の手で掘り起こされている訳ですが、これもどうやら米内大臣たちの努力によって、一億総玉砕戦から免れたからこそ出来たことのように思われました。
何か月も前にリクエストしていた「山本五十六」上下と、一度県立図書館へ途中で返していた「米内光政」が同時に入ったと地元図書館から連絡があり借りに行きましたら、なんと!! 両方の本共新しく購入してくれていました。
これらの本三冊に関しては、わたしが第一号読者になります。 ありがたいことだな・・と思いながらも、現在の世に、新しく購入すべき本、と判断した図書館へ対して、時代感を感じつつ温かみのある好感が持てたのでした。
ポインセチアです。昔ながらのものとちょっと変えてみました。
