最近はなかにし礼さんの本を読んでいます。

 

一冊目は「赤い月」で現在読んでいる二冊目は「夜の歌」ですが、この二冊の本は中身の多くがダブっています。

 

両方共、作者が生まれて7歳まで過ごした、満州国牡丹江からの脱出の様子が書かれていますが、「赤い月」では、その脱出の経緯のみが書かれているのに対し、「夜の歌」では帰国後の青春時代や、まだ子供の時代も書かれているようです。

 

実は「夜の歌」はまだ3分の1程度しか読んでいませんので、全ては解らないのです。

 

「夜の歌」では、なかにし礼氏が新婚旅行中、下田のホテルで、当時「太平洋一人ぼっち」を撮影中の石原裕次郎さんと会う、良く知られた場面なども書かれていますし、学生時代のゴキブリアパートのことなども書かれています。

 

そしてその合間に、牡丹江からの脱出行が挟まれているのです。

 

牡丹江からの脱出行に付いても「赤い月」の内容をより詳細にした場面もありますし、また簡略化した場面もあります。

 

その内容は、7歳の子供だったとは思われない深い感情で描かれていますし、子供心が深く傷つけられた様子も伝わってきます。

 

そしてまた、ゴーストなるものが出て来まして、若いなかにし氏との幻想的な絡みも多く書かれています。

 

なかにし氏が最晩年、エッセイを書くか小説を書くか迷ったとき、小説の方が好きな事を書けるから、と小説執筆を選んだ結果がここに現れている気もします。

 

ただわたしにはその部分には余り興味がありませんので、斜め読みで読み飛ばして行くようにしています。

 

まだまだ途中ですが、最後まで読めるかどうか、余りにも幻想的な部分が多いと、止めるかも知れません。

 

幻想的な内容の文が嫌い、な訳ではないのですが、その内容によるのですね。 

 

「夜の歌」を途中まで読んでいて、一つ胸を打つ文に出会いました。

 

と言っても、わたしも過去に読んでいる作品の中の文章であり、地味ながらも存在感のある映画まで見ているのですが、その文章は覚えていませんでした。

 

7歳の頃、昭和20年8月8日からソ連軍の攻撃を受け、中国の中を逃げ惑った、なかにし礼氏ならではの心の中の碑文のようなものなのでしょうか。

 

  戦争をしらない人間は、半分は子供である 大岡正平 「野火」より