先日のバスケの話から、ついでと言っては何ですが、また少し書いてみます。
まず中高とバスケ部に居たわたしですが、わたしは実は今で言う3点シュートが得意?だったのです。
ボールをパスされて、敵陣にドリブルで切り込む時、敵陣のリングの下にはもう足の速い選手(わたしが遅い)が、守備陣営を固めています。
その中に縦横無尽なステップで、華麗に切り込むテクニックはわたしにはありませんから、え~~い、と遠くから片手や両手でシュートをします。
そうしますと、誰もまだまさかシュートをするとは思わないようで、フリーでシュートが出来まして、ほぼほとんど奇麗にスポッとリングの中に納まるのです。
それは何度やっても、敵がマンツーマン守備に切り替えない限り、同じような結果となります。
サッカーの場合は遠くからロングシュートをしますと、相手がゴール近くに何人も居ますから、ループシュートでも無い限りどうしても誰かの足や体に当たり勝ちになりますが、バスケのボールは空中を飛んでリングに入りますから、何処からでも距離と照準が合えば、ゴールと成ります。
わたしは試合中よくそのロングシュートをしましたが、それは本当は、華麗なフットワークやドリブルに寄る機敏なステップが出来ないからの苦肉の策で、実は入っても入らなくても良いから(自信は多少は有ったのです)、適当に無心でシュートしている、と言っても良い状態だったのです。
そしてわたしたちの時代には、3点シュートと言うルールは在りませんから、何処から投げても2点にしか成らないのです。
そんな関係で、わたしのロングシュートは、チームプレーを無視したどちらかと言えば投げやり的なプレー扱いで、部長さんにはとても認めては貰えない類のものでした。
それでわたしは中高通して試合では補欠でして、公式試合と言うものには縁が無いままでした。
わたしのやるロングシュートは、全て練習試合か他校との交流試合の中でのものだったのです。
それでも或る日、遂に公式試合でわたしの出場する場面が出現しました。
それは県民体育大会でのことでした。
県庁所在地の、有名進学校の体育館で行われた県体の試合中、何時ものようにベンチを温めていた3年生のわたしに、部長から初めて声が掛かりました。
「おい、〇〇君出ろ!!」 そんなことはかつてありませんから、あわてて立ち上がりコートの線外に立ちますと、退場する選手と入れ替わり試合に入りました。
直ぐにパスが回って来たので、例により早めにシュートしようとして、相手選手に体を押され、プッシングの反則を得て、一回のフリースローを与えられました。
練習では毎日やっていますので、落ち着いた気分のまま、位置についてシュートができました。
( フリースローは、練習ではどの部員もほぼ100%失敗すること無く入るのです、しかし試合となるとそれが70%に成ったり50%に成りますから、とても不思議な現象なのです )
スポッという心地よい音を残してボールがネットから落ち、わたしは一点を獲得することができました。
しかしそれから直ぐにまた、次の補欠の選手と交代させられました。
ベンチに座り荒い息が治まったころ、隣に座る部長が「〇〇君の一点が、記録に残ったな・・」と微笑んで言い、わたしは前を見ながらすこし笑って頷きました。
それが中高通しての、公式試合での貴重な一点だったのです。
「〇〇君の一点が、記録に残ったな・・」
この一言が60年以上頭に残っているのですから、考えてみれば、余程誉め言葉に縁が無かったのでしょうね。
わたしは万年補欠で、余り練習に身の入らない、部そのものにも然程馴染めない不真面目な部員でしたが、真面目な補欠選手たちの存在を知って当時の自分を恥じ後悔したのは、それから数年後社会人に成って、柔道部の選手になってからのことでした。
試合中にわたしより柔道経験の長い補欠の部員たちが、何くれとなく気を配って世話をしてくれる姿を見る度、高校時代のバスケ部の自分の心境が蘇り、戸惑いを感じながらも、ただただ頭を下げるようになっていったのでした。
今正に高校野球の最中ですが、華々しく活躍する選手を見ながら、つい選手に成れなかった部員のことを思ったりします。
ベンチに座っている部員や、応援席で大きな声を出している部員の中には、3年間試合には出られず、それでも真面目に精一杯頑張ってきた者が多く居ることでしょうし、また少しはわたしのように変に冷めた気分で部活を過ごしてきた者も居るのかも知れません。
そして後に柔道で少しは試合に出ることが出来たわたしにとって、中高のバスケ部での練習が如何に活きて来ていたのか、それは常に身に染みて感じていたことだったのです。
サギ草が花盛りです。 後ろの柿の実も育っています。
セッコクの赤ちゃんです。少しづつ大きく成っていますが・・・。
左は夢達磨中斑、右は紫爵です。


