歴史の本はこのところ特に関心を引くものが有りません。

 

35巻は副題に 田沼の政治と天明の飢饉 となっていまして

36巻は副題に 花開く江戸の町民文化 となっていますが

 

わたしにはほとんど興味が湧きません。

 

36巻には、平賀源内、前野良沢などの共著「解体新書」のことなども書かれていますが、これはすでに吉村昭氏の「冬の鷹」で詳しく読んでいますし、市井で人気の戯作本、黄表紙本のことなどは、これっと言って興味が湧かないのです。

 

興味が湧かないということはどうしようもありませんで、ただページを繰って読み進んで行くばかりと成ります。

 

37巻は 寛政の改革、女帝の使者 となっていますが、少しは面白くなるのでしょうか。

 

 

さて先日の11日に広島の娘一家が帰省してきまして、昨日13日には帰って行きました。

 

上の男子孫が大学一年生で、下の女子孫が高校一年生ですから、孫たちも学生生活が忙しく、親の仕事の関係も有りそんなに長居はできないのです。

 

しかしコロナ禍で4年位会えませんでしたから、久しぶりに楽しい時間を過ごすことができました。

 

とは言っても、わたしの若い頃のように、一緒に魚釣りに行くこともありませんし、一緒に海やプールに行くわけでもありません。

 

わたしとしては何時の間にか、家での留守番が自然の状態になったのですね。

 

ただ家に居る間や夕食時は、沢山話ができました。

 

わたしは毎日大体夜9時頃には映画も見終えて眠りにつくのですが、娘たち一家が帰っている間は、二晩とも10時過ぎまで話し込んでいました。

 

若い者達の話を聞くことは普段無いだけに、新鮮な思いがします。

 

娘もその夫も40代半ばで働き盛りですし、孫たちもバイトや部活で張り切っていますから、話題は豊富です。

 

そして下の女子孫はバスケ部ですから、中高とバスケをしていたわたしとは話が通じて、わたしたちの時代との違いなどが話題に成りました。

 

顕著な違いは、まず練習中の水分摂取に付いてですが、わたしたちの時代は、どの体育系部活も絶対禁止で、その勢かわたしはよく足のふくらはぎがツっていたものでした。

 

両足がツって、体育館(当時のわたしの高校はまだ体育館が無くて、武道館をバスケ部は使っていました)の床に大の字に成り、どうしても家に帰れなくて、友人から弟に電話して貰い、弟から自転車で迎えに来てもらったことなど、面白おかしく話して聞かしたりしました。

 

明るくて腰の軽い弟は、直ぐに待ってましたとばかりに駆けつけて来てくれるのです。

 

また当時のバスケとのルールの違いなどや、右45度・左45度やスクリーンなど専門用語の話、わたしの時代なら、今の時代のドリブルは、ほとんどダブルドリブルで反則になることなど、話が弾みました。

 

そしてそして高校一年生女子孫と78歳のじいさんは、バスケの部の練習程激しい練習は、他のどのような体育系部活動にも無いのだ、という事で奇しくも意見が一致したのでした。

 

( 他の部活経験者の方にはすみません・・・)