「マンガ 日本の歴史 32」を読み終えました。
1677年から1703年までの間の出来事が書かれています。
つまり四代将軍、家綱死去(40歳)から、その弟、五代将軍、綱吉(35歳)が将軍の座に就いた時から始まっています。
綱吉の時代のことは、歴史幼稚のわたしでも少し知っていることが有りますが、本を読んでいますと、いろいろと面白い発見が多くあります。
この時代を代表されることは、まず飢饉の頻発や、傾奇者の出現とその取り締まり、綱吉の異常なまでのお成り(各老中や大名屋敷への訪問、計186回行われたらしいですが)、また松の廊下での刃傷や赤穂浪士の討ち入り、貨幣の改鋳とそれに伴う勘定役の着服など、そして生類憐みの令等ですが、話題には事欠か無いのですね。
一つ一つ詳しく書く気力は湧いて来ませんので、ちよっと気に成ったことを書きますと。
犬の保護のことで詳しいことが書かれていました。
その前に、先に書きました お成り に関してですが、将軍がお成りの道中、その前を犬や猫が横断してもそのままにすべし、というお達しが、まず生類憐みの令以前に先駆けて発せられたようでした。
何かの本で、大名行列の前を横切って良いのは、仕事中の産婆さんだけだったという事を読んだ記憶がありますが、これとは余り関係なかったですね。
因みに、車を運転中、携帯を持って話して良いのは、お医者さんが患者の治療を指示している時のみ、とも聞いた事がありますが、これもまた全然関係ありませんでした。
さて犬の保護に関してですが、これが凄まじいほど徹底されているのです。
江戸の街中に犬が増えすぎて、幕府は近郊の中の村・大久保村に収容施設を作ります。
奉行も二人創るのですが、中野の犬小屋は、1695年に完成。
広さ16万坪、25坪の御犬小屋が290棟、7坪半の日避け場が295棟、子犬養育所が459ヵ所。
幕府が2年前に鷹狩を禁止したので、鷹役人が犬役人になっています。
そして犬一匹に一日米二合と銀(?)二分で、多い時で8万2千匹居たそうですから、一年に金にして9万8千両が費やされていたそうです。
これは江戸町民や関東諸国の藩から徴収されていたようです。
まぁこのことを読んだだけで、この巻の意味の半分が理解できたような感覚になってしまいます。
これらに何と言って反応を示して良いものか・・・。
自国の歴史として黙ってスルーしたいようなことですが、読んでみても無駄ではない気もするのです。
それとまた最後に年表を見ていましたら、1687年7月、江戸の路上での相撲が禁じられる とありました。
子供の頃、土の路上に大きな〇を書いて、近所の子供同士で相撲を取っていましたが、子供たちの膝の赤チンと共に、久しぶりに当時の風景を思い出してしまいました。
ジニアです。
マリーゴールドです。 虫避けに植える人もいますね。

