「マンガ 日本の歴史 25」と26がようやく図書館へ戻ってきましたので、借りて来ました。
25巻は 副題に 織田信長の天下布武 となっていまして、26巻は 関白秀吉の検地と刀狩り となっています。
ここまできますと、歴史音痴のわたしでも知っていることが少しは出て来ます。
(歴史音痴と書きましたが、歴史に音痴とは考えてみなくても変ですね。むしろ歴史幼稚の方が可愛くも有り良さそうです)
25巻はキリスト教の伝来、から始まっています。
イエズス会とポルトガル国王の要請で、ザビエルがインド、東アジアの布教に旅立っていますが、マラッカでアンジロウと呼ばれた日本人と出会い、薩摩まで連れて行っています。
このアンジロウと言う人は元薩摩藩の武士で、人を殺し国外脱出をしているのですが、キリスト教の信者に成ってザビエルの案内者となっているのですね。
マンジロウ(中浜万次郎)と音が似ていますが、時代が全然違いますし、万次郎は土佐出身でしたね。
このイエズス会という名はよく耳にしますが、どのような主義の会派かは知りませんし、今までに詳しい説明も読んだことは有りません。
ただイグナテュース・デ・ロヨラと言う人がザビエルらと結成し、ローマ法王に従順を誓った、とありますから、キリスト教の一会派としては歴史が古いのでしょうね。
わたしの町にもそれを名乗る教会がありまして、小学生の頃先生が信者でしたから、キリスト生誕劇を見に行った記憶があります。
とても退屈な劇だった思い出が残っていますが、その後も、何となく近付きたくないという心理が残っていましたから、子供の頃の経験は何時までも尾を引くものですね。
その後ザビエルたちは1549年7月22日に薩摩へ上陸しています。
大航海時代の陣取り合戦を、ローマ法王が裁定した結果、スペインとポルトガルで世界を二分した結果だそうです。
それぞれの国王の利益追求と、法王の布教拡大意図が合致したのですね。
何時の時代も、世の中は経済と宗教と両者の混合で動いているようです。
しかし世界を二分したとは、ローマ法王としては気分が良かったでしょうね。
それぞれの国王は不満が多かったようですが、しかしまだ法王のような大人の立場の人が居る時代で良かったですね。
或る面、現在の世界は大人の立場の人が居ませんから、争いが絶えません。
法王も国連もお飾り状態で力のないオヤジです。 オヤジの力が無いから、ガキ大将の暴れ放題です。
ただ両方共無くて良いか、となりますと、いやいや無いよりは有ったほうが・・・と言えるかと思いますね。 なんとなくですが・・。
その後ザビエルたちは薩摩で100人以上の信者を作りますが、既存の寺勢力の進言で藩から追われ、平戸や山口へ向かいますが山口と豊後の国で布教を許されるようです。
そしてザビエルは2年余りで日本を去り、その後はフロイスなどが戦乱の日本で伝道に努めたようです。
現在でも豊後の国現在の大分県には「ザビエル」と言う美味しいお菓子が有りますね。
甘さ控えめの、洋菓子と和菓子の合作風ですから、「ザビエル」の名に相応しいようです。
こんな調子で書いていましたら、織田信長や秀吉に行き着くのは何時の事かとなりますね。
後年秀吉は、とてもゆっくりと各地の物見遊山を兼ねて、20万の兵士で薩摩攻撃に出かけているようですから、ここでもゆっくり部分だけを真似をしたいと思います。
と思っていましたら、これらの本は5日に返すことになっていました。
それで、信長の事や秀吉のことはご存じの方も多いと思いますので、わたしが知らなかったことの中から二~三件書きます。
秀吉は実質これ以上ない高い地位に着いたのですが、名誉の名を欲しがります。
それで手に入れたのが 関白 なのですが、征夷大将軍、これは源氏一統にしか名乗れないので、秀吉の出自は広く公認のものがありますし、仕方なく無理やり関白の方を付けたらしいですね。
関白の名を冠するのに、先ず従一位に叙せられるよう働き、前関白近衛前久の猶子となって藤原氏を名乗り、関白と成っているようです。
もともと関白は藤原氏の独占だったらしいですが、源氏系の征夷大将軍よりは遠慮が無かったのでしょうね。
その後天皇まで擁立しています。16歳の後陽成天皇を、これも無理やり地位に着けています。
そして知らないこと自体意外だったのが薩摩遠征ですね。 20万の部隊で、秀吉自身は熊本コースで、秀長軍を豊後日向コースで薩摩にまで遠征しています。
そして薩摩川内の泰平寺で薩摩義久を直接引見しこれを降伏させ、所領はそのまま許しています。
今回のこれらの本は返して、また次に進みますから、歴史の感想文はその後にまた書くことと致します。