久しぶりに時代物を読んでいます。
志水辰夫と言う人の小説ですが、初めて読む作家の方です。わたしより9歳年上で、高知県出身の方です。
図書館で、歴史の本25巻がまだ戻されていませんから、何かないかなぁ~と棚の間を歩いていて、ふと見た本が時代物のようですから、久しぶりに読んでみるか、となったのです。
読み始めてもう半ば付近に成りましたが、抵抗なく読めています。
「みのたけの春」という本なのですが、小説の舞台は幕末になっています。
考えて見ますと多くの時代物小説を読んできたものです。
まず何から始まったのか振り返ってみますと、高校時代吉川英治の「宮本武蔵」を読んだのが時代物の始めのようです。
この「宮本武蔵」は、下の娘に勧めて現在読んでいるようです。
それから暫くは時代物からは遠ざかり、次は20歳代に成って司馬遼太郎の「竜馬がゆく」までは空白になっています。
そしてまたこの「竜馬がゆく」は、2巻ほど読んで中断しています。
その理由は、余りにも面白すぎて、勤め先の仕事に関した勉強が疎かになることが懸念されたからなのです。
かと言って、勤め先の仕事上の勉強もその後頑張った記憶は無いのですが・・・。
「竜馬がゆく」はその後田舎へ帰り、20代後半に全館読み終えています。
その頃から司馬遼太郎さんの本にはまりまして、幕末や戦国時代の本を含めもれなく読みました。
多分全ての小説も読んだと言えると思います。
その内の忘れられないエピソードに、小説「関ケ原」があります。
或る日何時ものようにフェリーに乗って盆栽の仕入れに出かけた時です。
わたしに取ってフェリーの旅は特に好きな事なのですが、それはただただ本を読めるから、という事なのです。
何時も何冊かの本を車に積んで、その内何冊かを持ってフェリーに乗り込みます。
雑居部屋では毛布の上で、個室であればベットに掛けて、ちょっと飽いたらラウンジのソファで、エンジンのブーンという低音を尻の下に聞きながら、本の中に入り込みます。
その時は丁度「関ケ原」を読んでいまして、残りのページ数も多かったから、まぁこの一冊で良いだろうとフェリーに乗り込んだのですが、予想以上にページが進み、神戸へ到着時には中巻を読んでしまっていました。
さぁ困った・・。
仕事はしなければいけないし、本屋は探さなければならないし・・。
最初に寄ったのは宝塚の盆栽屋さんでした。
そこは高級品を扱う所ですから、二三素材を仕入れて「あの~この付近に本屋はありませんか」
盆栽屋さんはびっくりして「有るけどまだ開店してないよ・・」
フェリーの到着時間と本屋さんの開店時間は、そんなに都合よくリンクはしていないものです。
その後心は焦りますが、仕事で数件回り、気に入った物を数点仕入れまた売り込んで、港へ戻ることにしました。
神戸の街から宝塚や池田、飛行場のある伊丹など回りましたが、神戸周辺は地理的に判り易く、道に迷うことがまず有りません。
大分県の別府と同じく、とにかく坂を下っていけば、幹線道路の国道へ出ます。
その日も坂を下りながら、適当な所を探していました。
余りに繁華街ではいけないし、寂しい住宅地でもいけません。
その内丁度良さそうな町中で、街の商店街を見つけました。
広い道路から、商店街へ右折しましたら、やっぱり如何にも街の本屋さんといった店構えの書店があります。
2トントラックのドアを開けるや、店に飛び込んで「すみません「関ケ原」の下巻ありませんか」
「ハイ有りますよ、この箱の中です」
「エッー」という感じで、ちょっと信じられません。
半信半疑で待つわたしに、今着いたばかりのような段ボール箱から本を出して「これですね〇〇円です」
お金を払い、他の車の邪魔にならないように直ぐに車を出しました。
~ 天は我を見捨てなかった!! こんなこともあるんだなぁ、本を探す時間も省いてくれたんや ~
もう40年以上も前の事ですが、未だにその時のことはハッキリと思い出せます。
本屋のおじさんが箱の中へ手を入れて取り出した風景など・・あの時のおじさんはわたしより年上だったようだけど、まだお元気なのだろうか・・・。
兵庫県のどこの市のどこの町かも分からない本屋さんで、30秒ほどの邂逅だったけど、未だにわたしにとっては奇跡のように感じているのです。
長寿梅の苗です。
