先日はまた山へ行ってきました。

 

冷たい北風が強く、平地を散歩するのは億劫だけど体を動かしたい、とこう言う日には山歩きが一番なのです。

 

この山は雑木や杉が空を覆うように茂っていますから、山路を登っていても風は全く吹きません。

 

小雨位なら体は濡れないくらいなのです。

 

空を見上げたらこんな感じです。

 

その日は目の前まで鳥が迎えてくれました。

 

キビタキでは?と思うのですが、詳しくは知りません。

( 見え難いですが、真ん中付近い居ます)

 

鳥の知識は無くて、祖父が飼っていたカナリアや、自分でも飼っていた文鳥やメジロ、セキセイインコ位しか知りません。

 

植物にも知識が限られています。

 

田舎ですが街中育ちですから、野の草花や木々などの知識は壊滅ゼロなのです。

 

植物関連の商売をしていますが、全く畑違いの前職から一転して家業を継ぎましたから、白菜とキャベツの違いも知らなかった程でした。

 

山の路にもいろんな変化があります。

 

岩が露出した場所。また石畳の在る場所。木の根っこが蛇のように這い回っている場所。

 

石の段状の場所も何か所もあります。

 

地方史によると、江戸時代に通された路のようです。

 

一つの石に字が彫られています。イ と彫られているようです。

 

目立つように段状に成る位置に据えられています。

 

これは想像ですが、石工の伊作爺が自分の仕事の証として、代官にも内緒でイの字を彫って此処に据えたのでは思うのです。

 

伊作爺のイは、もう一か所山のどこかで見たようですが、その場所は行ってみないと忘れています。

 

重たい石を麓から挙げて敷いて行く仕事は、なかなかに難行仕事で、代官からは早く早くと急かされるし、せめてイの字でも残して置かなければ、石工の棟梁伊作爺の意地が修まらなかったのでしょう。

 

何て、何の根拠もないことを想像しながら、その日もゆっくりと登って行きました。

 

帰りに麓でふと思い出して撮ったのは、わたしが高校3年の時、卒業写真のためクラスで並んだ場所を通ったからです。

 

一番後列の向かって左端の付近がここに成ります。この石の所が17歳のわたしが立った位置です。

 

何時の間にか60年経っていますが、石は別に何も語りません。

 

山から下りると急に寒風が身に沁みますから、早々に車に向かいます。