昨日は何時もの川沿いの遊歩道では無くて、ちょっと足を延ばし(と言っても途中までは車ですが)新たに建設された橋を見るための散歩をしました。

 

立派な橋が出来ていました。

 

この位置に掛かる橋には昔から思い出が多く有りまして、名前自体にしてもとても懐かしい橋なのです。

 

それは母の実家に行く時、必ず通った橋だからなのです。

 

勿論昔は写真のような立派なものでは無く、木の橋桁と木の欄干に、狭い地道の路面が付いているものでした。

 

そして何故か、長年木の欄干は両方共外側へ倒れ掛かったままで、見るからに危なく老朽化したものでした。

 

わたしが物心ついた昭和25年当時、そこを渡るのは人か牛車位でしたから、それでもどうにか維持できていたのでしょう。

 

現在わたしの住んでいる家から行くより、わたしの子供の頃住んでいた家は、そこの橋に行くまでがより遠く、家から母の実家まで、とことこ歩いて行くのはとても子供にとっては疲れる長い道のりでした。

 

当時一緒に行く弟は乳母車に乗せて貰っていました。

 

そしてわたしと母は並んで歩いて行くのです。

 

回りは畑と田圃ばかりで、細い木の電信柱が細い路沿いに遠近法をしっかり守って、遥かかなたまで続いていました。

 

何度か母に「乳母車にのせて~」と頼むのですが、一度も載せて貰ったことはありませんでした。

 

母にしたら、二人も載せてデコボコの道を進むのは無理だとわかっていたのでしょう。

 

3歳下の弟がまだ余り喋りませんでしたから、わたしは4~5歳の頃のことだったと思われます。

 

家から1時間近く歩きますと、橋を渡ることと成ります。

 

橋を渡り切ると必ず母が言うのです「小学生の頃、この付近に家が在ったらどれだけ良いかと何時も思ったんよ・・・」

 

母の通った小学校は、わたしの子供の頃の家よりもまだまだ遠くの位置でした。

 

そしてこの橋を渡ると、母の育った村落へ入ることとなるのですが、母の実家は村外れで、まだ道半ばというところなのです。

 

橋が近代的に新しくなり、橋の周りが自動車と住宅や商店ばかりに成っても、ここの位置に掛かるこの橋は、母の「この付近に家が在ったら・・・」と、広々とした周囲を見渡す母の立ち姿が目に浮かぶ懐かしい場所なのです。

 

その橋を昨日は珍しく歩いて行き来したのです。

 

考えてみれば、歩いて渡ったのは、ちょっと生意気な小学生になり釣竿を担いで渡ったり、川を下り橋桁の牡蠣を仲間と取って食べていた頃以来なのかも知れません。

 

 

下の橋桁を覗いて見ましたが、真新しいコンクリートの楕円柱が、如何にも丈夫そうに愛想無く座っているだけでした。