地方新聞に、わたしが小学生の頃の恩師の訃報が載っていた。

 

89歳とあったが、わたしが五年生六年生の頃習った先生だから、その当時先生は新任で、21歳か22歳だったのだ。

 

元気の良い男性教師で、最初の授業の時の自己紹介の姿まで憶えている。

 

挨拶の後、やおら黒板の方を向いて足を広げ、相撲の四股を踏むような体制をとると、力強く自分の名前をチョークで縦に書いた。

 

「さぁこの名前は何と読むのか判るかな・・」

 

ちょっと読み難い名前で、皆の答えは間違っていたが、先生は読み方を教え、その意味も教えてくれた。

 

若さ溢れる熱血先生は、我々小学生にまで哲学を説き、その時聞いたペスタロッチや、ルソーの名は今でも忘れない。

 

わたしが高校時代、思想書や哲学書に興味を持ったのは、小学生の頃のこの先生の影響だったようだ。

 

それにしても小学校の頃の若かりし先生は、生徒が70代後半になるまでも健在だったのだ。

 

昔中学生の頃の担任の先生が買い物に来てくれて「先生わたしももう60歳になりました・・」と言ったところ、先生は「えっ」と暫く絶句して「そうか~~」と、感に堪えない顔をしたまま自転車で帰って行ったものだった。

 

小学校の担任先生とはそれ以上に付き合いが長く、我々を2年間教えて小学校教師を辞めた後も、我々生徒間との繋がりも深かったので、卒業後も10回程はいろんな機会に会っている気がする。

 

訃報に接してまず思い出したのが、あの黒板に書いた名前だった、小学5年生の最初の日の強烈な思い出。

 

そして、卒業して我先に校門を出る我々を~ 3階の教室から見送りながら泣いていたぞ ~ とその日父から聞いた時のこと、そんなことがまず頭に浮かんできたのだった。

 

先生を思う時、最初でしかも最後の生徒だった我々丸坊主やオカッパたちにとって、多分今までも一生の先生だったのではなかったろうかと思われる。

 

~ 或る日の昼休み、廊下にあぐらをかいて座る先生を皆で囲み話している時、先生がクラス生徒の一人一人の名前の意味を解説してくれたことがあった。

 

わたしの名前もその時先生が解説してくれた。

 

「○○君の名は、落ち着いた性格で朗らかに生きよ・・という意味だよ」

 

その時の先生の言葉が、今日までの長い年月の間に何度か蘇り、わたしの生き方にまで影響しているように思われている。 ~