「日本の黒い霧」の中の、[下山国鉄総裁忙殺論]を読み終えまして、次の項、[「もく星」号遭難事件]・[二大疑獄事件]・[白鳥事件]・[ラストブゥロフ事件]・[革命を売る男・伊藤律]・を読みましたが、「もく星」号遭難事件以下の項には何れも興味が持てなくて斜め読みに終始してしまいました。
下山事件には興味が持てたのに、何故他の記事には興味が持てないのか、自分では良く解っているのですが、説明するにはやや難しい所が有るようです。
一つには事件の内容そのものに興味が持てないということが言えます。 その勢も有り、「もく星」号遭難事件以下では、文章がとてもくどく感じられます。
このことは、わたしが松本氏の余り気に入らない小説を読む時にも感じられることで、単にわたしの受け取り方の好き嫌いにも通じることのようです。
そしてそれらの各項には、その当時の時代背景からGHQの存在が大きく関わって来るのですが、そのGHQの内部事情などなどは、もはや過去の時代の古びた一現象でしかなく、作品の発刊当時ならともかく、現代では歴史の中のほんの一片としてしか感じらないのですね。
つまりGHQの内部でも派閥というものがあり、マッカーサーの下にG2(参謀部第二部・作戦部)とGS(民政局)とが有って、常に激しい勢力争いをしていたとあり、[下山事件]の際、警視庁の捜査一課を牛耳っていたのはG2で、捜査二課に強力な指示を与えていたのはGSだったと言われています。
それにまた、日本国内の国家警察と地方警察へも、G2、GSがそれぞれ別れて強制力を及ぼしていたようです。
このようなことが長々と語られていますが、わたしとしては、国家警察、地方警察ということから、ふと子供の頃の一時代を思い出してしまいました。
わたしが小学校の低学年の頃、わたしの市には、まだ国家警察と地方警察が別々に存在していました。
両者の位置は、徒歩で15分位の距離に在りましたが、その道筋の丁度中間にあたる場所にわたしの通う小学校が在ったのです。
そう言う位置関係からか、犯人らしき人間を連れた警官が、国家警察暑の方から地方警察暑の方向へ歩いている姿が、小学校から良く見られました。
晴れた日には、小学校の運動場の横の路を歩く犯人の手錠が、ピカッと光を反射して運動場にまで届き、休み時間など、わたしたちは暫し遊びを中断して、手錠を掛けられ俯いて歩く犯人と、後ろから腰紐を掴んで歩く警官のすがたを暫し眺めたものですが、それは普段見慣れた光景でもあり、また直ぐに遊びに夢中になっていたのでした。
ただしかし、わたしにだけは少し事情が違っていたのです。
わたしの家には、家の押し入れの中に鞘に入った短刀が三本ほど有りましたが、日本刀も一振り在りました。
日本刀は子供の眼で見ても立派なものでして、父は晴れた日の夜には時々手入れをしていたものでした。
普段は白鞘に入っていましたが、居間で鞘から抜いた刀を父がかざし、木の箱に入った刀の手入れ用具を取り出すと、油を専用の布で塗り、丸い毛の付いた道具で粉をポンポンと手元から刀の先にまで叩いて落とします。
最期に和紙で全体を拭くのですが、その間わたしは言葉も発せずに何時も黙って見つめていました。
白鞘に刀を納めた父がようやく緊張を解き、厳かに、見つめていたわたしに向かい必ず話したものでした。
「この刀は先祖から伝わるものじゃが、誰にも刀のことを喋ったらいけんぞ、もし喋ったら父ちゃんが警察に捕まるんぞ」
わたしはその都度「うん」と頷いて、その度に胸の中に、なにか重たいものがドンと落ちて来たような気持になったものでした。
そんなわたしにとって、小学校の横を通る警官と犯人は、決して他の生徒のように軽い気持ちで見送るような情景では無かったのです。
学校に居て、犯人と警官が道を通るのが見えた時にはどうしても、気に成ってきます。
授業中の教室から見えた時も気に成りますが、休み時間に見えた時には、どうしてもそれとなく近づいて「まさか・・・」とは思いながらも、安心するまでは確認をしてしまうのでした。
他の生徒と遊んでいても「ちょっと・・・」と言って、怪訝な顔をする友達を置いて、警官と犯人が通る路の方へ近づきます。
見るからに父と体格の違う犯人の場合は、チラッと見ただけで良いのですが、何となく似ているような場合は、はっきりと判るまでは、そ~~と或る距離まで近づいたりしていました。
しかしそんな気持ちに成る割には、下校時などには全てを忘れているのですね。
皆で帰りながら、家で何をして遊ぼうか・・などなど、心の中は弾んでしまっているのでした。
わたしの小学生時代、何時までそのGHQによる変則警察制度が続いたのか知りませんが、国家警察(わたしたちは子供は、コッケーと読んでいました)の名を聞く度に、あのピカーッと光った手錠と、ザワザワとした胸の中の暗い思いを思い出すのでした。
なおその時の刀は、近所の八百屋のおいさんが何年間も欲しがっていましたが(父はわたしに秘密を話す割には、近所の親しい人には自慢をしていたようです)、わたしが高校生の頃、父は根負けして売ってしまったのでした。
八百屋のおいさんに父が、「警察に手続きをしていないのに大丈夫か?」と聞いたところ、おいさんは「な~~に、警察には天井裏から出て来たと言えば、一発でOKよ・・・」と語ったそうです。
「30万円で売ったけど、八百屋のおいさんはそれ以上儲けるんやろうなぁ・・・」と父は話していましたが、今考えれば、それは美術品として、警察でも充分に通用する程のものだったのだろうと思うのです。