先月の26日 小沢一郎に無罪の判決が出た 日本国憲法と民法 刑法に照らしても 手続き上 公訴事実から見ても 常識的に見て無罪が当然だと思う 裁判は事実を争うもので 憶測や願望を審議するものではない 判決を詳細に読んでみると 専門家でなくても裁判長の苦労の跡が良くわかる 検察 指定弁護人 検察審査会に対する配慮である 実に歴史に残る奇妙な判決である 小沢有罪を願う(確信するではなく 願うと言うところがポイント)人は限りなく有罪に近い無罪と評する 日本語になってない 政治家であろうと無名の国民であろうと 法の前では平等である このことを裁判官は良く考えてほしい 裁判官が捌くのではなく 法が捌くのである 裁判員制度は法の倒壊を示すもので 民主的な衣服を纏うリンチである お膳立てで素人はどちらにでもころぶ 小沢有罪を願うマスコミ大手の新聞の代表的な心情がこの記事に現れている 文学的 情緒的であり 事実誤認も甚だしく 詳細を知ろうとしない国民をばかにした 誘導的記事である
http://mainichi.jp/opinion/news/20120428ddm002070132000c.html
5億円と4億円の数字だけ並べて 賄賂と思われるものと 蓄えたものとの違いを 同じに見ている ロッキードの本当の犯人と無罪の田中角栄は今は確定している 本当の犯人は今も生きている 逮捕もされていない