島田くんの入院によって僕らはつかのまの休息も得ることができる、

そう思っていたが、妻は島田くんが入院をしたその日から、退院する日を

心待ちにしていた。

 

入院したのだから治る、よくなる。今日より明日、明日より明後日。

日を重ねるごとによくなる、そう考えている風だった。

もちろん一喜一憂はいけない、と伝えたが、頭で理解できていても

心はまったく受け入れていない。期待するのは仕方ないことだけど、

しばらくの間、“期待”なんかしても、大半は裏切られる。

 

入院の次の日、妻の携帯電話が鳴る。非通知…。ということは病棟の

公衆電話からかけてきた島田くんに違いない。5ヶ月の赤ん坊と

3人暮らしが昨日から2人暮らしに変わって寂しさ満載の妻は

入院一日目に存在を忘れずに電話してきた夫をうれしく思う。

それがあの夫の優しさだと改めて夫婦の愛を実感する。

 

「あのさ〜病院にクレーム入れてくれない!?」

「え?なんで?なんかあった?」

 

島田くんは怒っていた。憤慨していた。

 

「なんかさ〜、シャブ中がしつこく絡んできてうるさいんだよ〜!

 喧嘩うってんのかなあ〜。変な人を寄せ付けないようなTシャツ着て

 理論武装してんだけど、寄ってくるんだよ〜。

 だから近寄らないように病院に言ってくれないかなあ〜」

 

半裸で髪を振り乱したイギーポップのTシャツはどこにいても目立つ。

確かに普通に考えたら近寄りがたいが、具合の悪い人同士なら

どうなんだろう?案外、好評かもしれない。

 

しかし事態は予想を越えていた。島田くんの主張を真に受けた妻が

病院に連絡を入れる。もちろんクレームではなく、

「夫がこんなこと言ってます」というような柔らかいニュアンスで。

 

調べて対処する、と約束してくれた看護師から1時間後電話が入る。

 

「どうも話しかけたのは島田さんかららしいです」

 

イギーポップは自ら近寄っていった。5回も入退院を繰り返しているという、

“シャブ中”が公共の大きなテーブルの隅で読書しているところに

 

「なに読んでるんですか〜?」

 

と話しかけている島田くんを何人もの患者が目撃していた。

 

「そんなしゃぶ、しゃぶ、しゃぶ、しゃぶ、しゃぶやってないで

 たまには焼肉にしましょうよ!」

 

常人には理解しがたいギャグを炸裂。そのネタ自体が面白いのか、

よくわからないが、僕は残念そうにため息混じりで話す島田くんの妻に

笑ってしまった。妻も電話の向こうで微かに笑っている。

 

悲しいけど笑える、そんな気持ちがこの病気に関わるとよく分かる。

 

「でもその患者さん、シャブ中じゃないそうです」