彼はいま、自分の妻にすら連絡することができない。

その代わり、僕にだけは電話が出来る。その事実そのものが物悲しい。

そして島田くんが話す内容もまた哀愁が漂っている。

 

「僕がいなくて大丈夫ですかね?うつ病がひどくなるんじゃないですかね?

 心配でしょうがない。僕が実家に来ちゃうと公安の車も

 こっちに来ちゃうから、見張っててくれないし」

 

おそらく病気なのは妻ではなく島田くんだし、公安なんて不穏な妄想を

まき散らすからむしろ妻が島田くんを心配でしょうがない。

 

気持ちが空回りしているというか、明後日の方向を向きすぎて

一昨日来やがれだ。島田くんはどうしても妻を病気にしたいらしい。

そりゃ妻だって不安だが、その原因を全て島田くんが作っている、

ことに島田くんが気がつかない。

 

「とにかく明日クリニックに行って妻を診てもらいます」

 

しかし島田くんの思い通りにはならなかった。

ここまで具合が悪いとさすがにプロの目を誤摩化すことはできない。

 

島田くんはかつて通ったクリニックの医師の前で広がった妄想を長々と語り、

自分の妻にうつ病の濡れ衣を着せたが、その医師に返り討ちに

あった島田くんがむしろ入院を勧められた。

 

妹と大きく違うのは多少なりとも、人の言葉に耳を傾けることができることだ。

 

「どうも僕が入院をしたほうがいいみたいです。

 まあデトックス的な感じですかね。はははは」

 

まるでぶらり一人旅気分だが、妻にとってお母さんにとっても、

そして僕にとってもその方が安心だ。

 

未だに精神病院というもののイメージに抵抗がないわけではないが、

僕は他によくなる方法を知らない。もちろん通院という方法も

あるが、島田くんのレベルはその域を越えてしまっているように思う。

 

 

ただ、ぶらり一人旅気分がいつ変わってもおかしくない。

入院なら入院で一刻も早く、病院に向かってほしい。とはいえ、

誰が彼を病院に連れて行くのか?

 

妻はまず同行するだろう。しかし島田くんの両親は共働きだ。

僕も今日は外せない仕事がある。勝手に訝しんでいると、

 

「今から来てもらえませんか?お願いします!」

 

と妻から電話があった。今日は外せない仕事があるって島田夫妻にも

言ってあったが、妻の訴えが尋常じゃなかった。泣いているようにも

聞こえるし、僕と通話しながらも誰かと会話している。

 

「分かってますけど、ちょっと待ってください!」

 

これまでの島田くんの妻からは垣間みることができない強い口調だ。

敬語を使っていることから島田くんではないことが分かる。

仕方なく仕事をほぼドタキャン状態で僕はタクシーに飛び乗った。

僕は何日、島田くんの家に通っているだろう…。