ほんと大変かも インフル
朝、出勤時に小学校の前を通る。
家の前が通学路なもんで、ウヨウヨいる子供が居ない・・・
中高は昨日朝から休校だったけど、
小学校は未定だった。
けど、昨日昼から休校になったらしい。
いつもは「ちんたら 歩いて危ないなぁ・・・」
と、いつもの光景を見てたけど、
子供が誰も居ないし、
会社の近所で、学校から帰ったら
「ギャアギャア」
遊んでる子供も居ない。
少し、不気味な気持ちになってた。
勤務終了後、子供を見たら安心した。
早く、流感が終わることを願います。切実に。
また書いて言い聞かせ!
「去るものは追わず、来る者拒まず!」
さ、明日も頑張りましょ。
気持ち切り替えで。
いつまでも考えてたら、キリがない。
ピンがあるんだからキリもある。
別々の人生。
どっかで区切らへんかたっら、病むわ 私。
んで、無理に忘れようとはしぃへんけど
どーでもええわ!って感じ。
話変わって、
こちら関西では、新インフルで少しパニクリです。
冬の寒い時期に風邪を引いたとしても
マスクせず「ゲホゲホ」してた人が、
品切れ状態だって、散々言ってるに関わらず
他県の支店に電話して
「新インフルで大変なんや。マスク品切れやし・・・
ゴメンやけど、送ってくれへん?」
と電話しまくり・・・・
しかし、普段コミュが出来てないため撃沈・・・・・・・・・
ま、こんだけ情報流された危機感覚えるわな。
歩いてる人等は、みなマスク着用。
ほんまにマスクは無い。
しかし、いちおコミュ取れてる私が他支店にお願いして、調達します。
でもさ、マスク着て渡したら
「あぁ、忘れてたわ。おせっかいありがと。」
って言うんかいな あの人は。
ま、ええけどな。
さ、手をちゃんと洗い、ウガイをキチンとしましょう!
結果
木曜に送ったメールですが。
私の中で当日中に返信がなければ、
気持ちを切り替えるってゆう、気持ちでした。
当日中に返信はありませんでした!
そこで吹っ切れた。
だが、翌日、通勤途中であろう彼から返信がありました。
余計なことを・・・・・
内容は
・僕は頑張ってる
・少しづつだが、復縁&その他モロモロ進んでる。
・幸せになれよ。
ふーん。
上から目線かよ。
幸せって、「私」が決めることで、アンタに言われる事ではない。
アンタの幸せを願ってた私が、惨めに思った。
そんな感じ。
これで終わり。
もぅ執着せんし、アンタの事も過去も思い出にするわ。
最初の
「返信しようか悩んだけど」
のくだりで
アンタが「自分だけ」の負い目だけで、電話やメールしてたん解ったし、
アンタがどんだけ「上から目線」に気づいて無いかも解った。
んで、金曜日に初めて会社の仲良い娘にすべて話した。
ここまでくるのに、時間かかったわ・・・マジで。
ありがとな。ある意味で。感謝します。
好きに生きて。がんばれよ。
さいなら!
振られて一ヶ月
今さっきメールしてみた。
「君の人生に、私は必要ないねんな。返信なかったらそれを答えとします」
って。
重いよなぁ・・・
でもな、前向きになには、区切りは必要やねん。
「待ってんで」
ってのは、自分の気持ちだけで、その気持ちで
自分を抑えてんねんな。
相手だって辛い思いしたかも知れんし、
(してないかも知れへんな)
一度は好きになった男やから。
ここらで、決断せなならんな!って。
もう、一人になった時に思い出したくないねん。辛いねん。
ほんまに もぅ・・・
でもな、好きになれてよかったと思う。
ありがとな。
母
検査する旨を電話で聞いて、
検査する前に、私は赴任地へ引越し。
引越しまでに一ヶ月くらしかなかったし、事務所閉鎖の手続きもあり
バタバタと過ごして、母の検査結果を待たずに赴任地へ・・・・
検査結果は母の口から「即手術が必要」 と宣告され、
「胃癌で、全摘なんだって」と。
2年くらい前に、叔母がしてた手術くらいだろうと素人考えで
「叔母ちゃんもしてるし、深く考えんでいいんちゃう?」
なぁんて、今考えれば無責任な娘。
6~7時間かかったかな?手術は。
その後、主治医から説明があったけど、結果は
「転移しててもおかしくない」
って言われた。
案外、ドラマでみた場面と、おかれた状況が一致し、
正直、あまり覚えていない。
今、思い出そうとしても、なぜか風景のみが思い出される。
人って、ショックな事があると「忘れよう」とするのかな。
しかし、覚悟は出来てたけど、こんなに早くに亡くなるとは。
母が入院したのは去年7月。
一度も退院できず、居なくなった・・・
私は親不孝な娘で、高校でてすぐ独立し、
あまり実家には戻らなかった。
本当に、親不孝・・・
親に甘えもしないけど、親も私には甘えなかったな。
母が入院して、何度かお見舞いに行ったとき、顔を洗いたいからと
洗面まで、つれていった。(寝たきりが多かったから、足が弱ってた)
そのとき、突然母が
「ありがとう。私の宝物」
って、後ろから ギュ ってされた。
泣きそうになったけど、今泣くと、状態が良くないのを悟られては!と我慢。
帰りの車の中で、泣いたな。
細く・小さくなっていく母。
あの感覚は今でも残ってる。
そこから、また私は強くなったな。
母の余命ある限り、私は元気な娘であろう!と。