この間、漱石の「こころ」を最初から終わりまで読みました。

 

きっかけは、今年の冬辺りにやってた「舟を編む」のドラマをもう一度みたから。人と会って最近感動したドラマの話になって、これをいの一番にあげたのでした。

 

話したらまた見たくなってしまって、録画したのを全話もう一回見てしまいました。

 

そしたら、漱石の「こころ」が出てきて。教科書で一部を読んだけど全体は読んだことのない主人公が、職場の先輩に勧められた全文を読むのです。

 

 

私も高校時代に教科書でしか読んだことありませんでした。

 

なんか、

 

「自分の複雑で苦しい胸の内を誰にも言えず、でも、希望を叶えたい主人公が、友人を出し抜くような行動をして望みを叶えたら友人が自殺してしまったため、深い罪悪感と自己嫌悪に苦しみ最後は自殺する」

 

みたいな内容だったと記憶してます。

 

教科書で読んだときは、なんだか暗くて難しくて全然楽しくないと感じたはずです(記憶が古すぎて自分でも定かでない)。でも同時に、有名な文学作品だし、この話の価値が分かる人はカッコイイはずで、自分もそうありたいと思ったように記憶してます。(最近まで、私はとにかく自分の本来の器以上の人になりたいと思う人でした。)しかし、それでも、結局はその後ずっと全文を読まなかったのですから、やっぱり話は全然面白くなかったし、私の器も小さかったのだと思います。

 

しかし、還暦間近となり、相変わらず器は小さいけど、それを受け入れて日々楽しく暮らすようになってきた今このタイミングで、お気に入りのドラマの中でとりあげられた「こころ」。ただ、純粋に興味が湧きました。読まない手はありません。

 

Amazonで検索すると、電子版なら無料の青空文庫のテキストをダウンロードできるそうで、タダですぐに読めます。さっそくクリック!!(本当に便利で良い時代ですよね)

 

その後、割と短時間で読了。

 

明治の文豪の作品で、教科書にも取り上げられた立派な小説ですが、要は悩める大学生の話。私から見れば自分の子どもよりも若い人たちが理想と現実の狭間で必死に思い悩んで生きる姿の描写です。

 

あー、みんな若くて青いねー。色々悩む年頃だよねー。

 

と、かなり遠くから若者を見守る年寄のような感じで話を追いました。主人公たちに思いを重ねて深く共感するなんてことも殆どなく、さらさらとあっけなく読み終えてしまいました。(女性が基本的に見下されている点には何度かイラっと引っかかりましたが。)

 

そして、思い悩んだ末の解決策が自殺しかなかったことに、明治時代の限界を感じたりしました。

 

主人公たちは、いつも他人のことばかり考えてます。これをやったら、言ったら、あいつは、あの人は自分のことをどう思うか。自分を見る他人の視線が悪くなるのを恐れて一歩も動けません。そしてそんなウジウジした自分が嫌になり心がどんどん壊れていくのです。

 

いやいや、他人のことなんかどうでもいいから、もっと自分の気持ちを大事にしなよ。もう開き直って正直になりなよ。この世に完璧な人なんていないのだから、今の自分を認めてやろう。

 

そんな言葉が何度もでかかりましたが、これは令和の時代を生きる私だから言えることでしょう。

 

21世紀は心の時代なんて言われてます。心理学や心の問題を扱う本が沢山出ています。SNSなどを通じては、大勢の心理学者や医師、宗教家、カウンセラーが、日々積極的に文字や音声、映像で情報発信しています。その殆どが、自分を大事にしようという内容になっているように感じます。(私はこういう情報が好きなので、Googleのアルゴリズムが私向けにこういう記事を多数運んできてくれるだけかもしれませんが。)

 

でも、漱石の時代にそんなこと言う人は皆無だったわけです。漱石自身も、あの時代の最高のインテリで、外国生活の経験もあり視野も洞察力も時代の先端にいたはずなのに、壊れた心の解決策が自殺になってしまった訳だし。

 

一方の現在。世の中の最先端を探すまでもなく、石を投げれば「自分を大事にしよう」という情報に当たるわけですから、本当に良い時代になったと思います。

 

これは、漱石をはじめ過去の時代の人が悩み苦しんだからこそ、到達できたことです。

感謝して生きないといけないなと改めて思いました。