ワンダーやま☆もと少しだけ。

ワンダーやま☆もと少しだけ。

たまに少しだけ書きます。

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 週末になり「たまにはブログを書くか!」と思い立ちましたが書棚を見ていたら20代の頃に書いたノートを発見。ちょうど良いので保存用に内容をアップします。

$ワンダーやま☆もと少しだけ。
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$ワンダーやま☆もと少しだけ。こんなもんでしたw。またまた~~☆

*なお、このブログの内容・画像の著作権は私にあります。リンクする際は御連絡下さい。無断転用・転載は厳禁です。違反した方には容赦しません。

現役シューズデザイナーなのに用語に多少間違いがありますね。例えば「ライニング」は「腰裏」でもありますが正確には内張り全体の事。実体験から申しますと渡米してアウトレットでリーボックの本革ハイカットのポンプスパイクをたったの12ドルで購入し数々のトーナメントやワールドカップでも使用しました。
 元は洋服業界から流れて靴業界に行き、Johnston&Murphy の店長から靴の業界紙の記者・カメラマン・編集・校正・校閲と広告など全て一人でやっていたので自分の書いたノートにもビッシリとニッピさんやアシックスさんなどから教わった知識が詰まっています。(英国・クラークスの靴製法の本[もちろん非売品]もあります。学生時代は中尾喜保先生の生徒でもありました。)
 正直申し上げてスポーツシューズは進化する毎に耐用性が無くなっています。
 発泡性の素材はクッション性も良いし軽いですが、経年変化で吸水分解でソールなどがバラバラになります。これはどなたも御存知のはず。
 「いざという時」の為にこういった靴を準備しておくと、逆に墓穴を掘ります。耐油性で強度のある安全靴の方が確実という羽目に・・御注意下さい。スポーツシューズを作っているのは一部シロウトですから。
また間が空いてしまいましたが、前回の訂正から。
都会での生命の危険・・・交通事故が重要です。
 自分では自動車を運転しないのですが自転車で近所を走っていて「狭い道なのに歩行者も自転車も左右両方を通行している。間は自動車。人間同士なら何とかなるが自転車は衝突するな。」と痛感しました。いつから自転車が右側通行になったのでしょう????。
 普通に歩道を歩いていても横で三方向からの自動車が激突して巻き込まれた歩行者が飛んで来た事もあります。
 数字を語るのは他の方にお任せして、都会ではかなりの確率で「巻き添え」になったり自動車・バイクが信号無視で突っ込んで来たり(恵比寿駅前で無免許・盗品・中学生運転のバイクが横断中の歩行者の列に突っ込み、大事故になったのも遭遇しました)します。
 30代で死ぬという漠然とした気持ちで生きて来た私が死にかけたものの半世紀を生きられたのは「そなえよつねに」というボーイスカウトの言葉からでしょうか。ボーイスカウトにいた訳ではありません。たまたま信念が同じだったのです。
 
 街歩きではなるべく歩道の車道寄りを歩き、左右上下をなんとなく注意するという事だけで命が助かる場合もあります。何故なら飛び降り自殺の巻き添えやズサンな工事中で落下物に当たったりマンホールに落ちたりしても死ぬからです。こんな死に方は嫌ですよね。
 また、ニューヨークでは歩道の建物側を歩いていて、ふっと路地を覗くと拳銃を構えて座っている人がいました。ここで立ち止まると招かれて身ぐるみはがされます。
 ニューヨークではたとえ五番街でも信号待ちでは車道側に行きます。後ろにいるとホームレスに刺される事件が多かったので。ホームレスは工事現場などで盗んだドライバーなどを路面で削ってアイスピック状にして所持しており、ちょっとした事(おねだりした小額現金を断られる)などで相手に似た人を後ろから刺すのです。これもたまったものではありません。
 日本で歩道を歩いていても、なるべくなら右側を。本当は歩道の真ん中が良いのですが狭い歩道の場合は右。
 何故かというと歩道上も自転車が通ります。後ろから来た自転車が左側通行していれば問題ありませんし、対面した場合はちょっとよければ良いのです。
 ベビーカーと自転車で歩道を塞いでいる女性など精神に疑いを感じます。(あとペットのひも(リード)で歩道を塞いでいる人。昔のドラマのGメンなんとかみたいで見ただけで不快かつ危険です。
 非常識・道徳観の無さからこういった腐った人間が多いのです。そういった連中からは離れるしかありません。急いでいても道を変えるとか・・・悪人がのさばる状態ですね。しかしこれが日本の現状。危険なのは連中です。こちらは回避しましょう。
 交通事故に戻ります。まずは運転時。「飲酒・薬物(処方薬でも)厳禁」「前方はもちろん左右、後方も常に確認。私語厳禁」「運転中の携帯電話・スマホの操作厳禁」これ全部守っても相手がぶつかって来ます。とにかく「備えよ常に」なのです。
 
 歩行者も基本は同じですね。これで死なない方が一人でも増えたら幸いです。

 でわでわ~。
間が開いてしまいましたが、続きです。
 まず都会で遭遇する「生死に関わる事項」を順番付けると、地震・火災・津波(地震に含まれます)・暴漢もしくはテロ・無差別殺人になるかなと考えます。
 地震については、ほぼ書きましたが火災がつきものなので防火対策も必要ですね。ガスや石油は恐ろしい事態を招きます。
 もし地震があって避難する際に余裕があればガスの元栓や石油ファンヒーターなどの可燃物をどうにかしましょう(人それぞれですが考えて最適な方法を)。自動車やバイクもガソリンがあるので御注意下さい。
 例えば、ガソリンを焚き火にぶち込むと「ドーン」と燃えてすぐ消えます。これがタンクに入ったガソリンだと爆発します。ガソリンをペットボトルに入れて焚き火に放り込んで観察しますとグラグラ煮え立って圧力が高まるとドーン!となりました。
 焚き火だとそうですが都会だと爆発の際に周囲の金属片やタンクの部品などが飛び散って人的被害をもたらします。地下の駐車場などはどうなる事やら。

 で、生身の人間が火災で逃げられなかった場合。どうします?。
 大抵の方は火に阻まれて脱出出来ず酸欠や呼吸器に火が入って亡くなります。火災の死亡者はほぼそれか火傷によるものですね。
 ではどうするか?。太平洋戦争で東京などの市街地が焼夷弾というもので焼き尽くされました。バケツの水や消火器で何とかはなりません。
 四方を火に囲まれた際、助かる道はどこかを走り抜けて火の無い所に行く事です。ビルの中でも同じ。
 やはり足元を固め、耐火服があれば助かる率は上がります。耐火服と言っても普通に厚手の綿の服を濡らしたものや燃えない繊維の服で良いのです。
 これは「タイタンクロス」という米国の繊維を使ったものですが特に高価でも無く(入手時13000円位)でライターであぶってもタバコを押し付けても大丈夫でした↓。
$ワンダーやま☆もと少しだけ。

 他にもパーカーやパンツを所持しておりますが、耐摩耗性や強度があるので今現在で20年経っても現役で着用しております。
 これに帽子(もし出来るなら昔の防空頭巾やヘルメット)があれば火の中を走り抜けても大丈夫です。
 そうして、命さえ助かれば後は普通に「いわゆるサバイバル生活」で助かります。
 火災の際、上から落下物があったりしますので御注意下さい。
 火災の話は、ここで一息。
 アシックスという会社の創業者・鬼塚喜八郎さんとお話した事があるのですが「発泡素材のスニーカーなどは軽いしクッション性も良いけれど経年変化による加水分解でソール(底)がバラバラに腐るからね」という事で非常時用の靴は固くても重くてもしっかりしたゴム(出来れば耐油性で)のインナーに鉄板とは言いませんが芯のある物が望ましいです。
 安全靴や外国製の作業靴も、入手し易いですが御注意下さい。
 

 さて、次回は「テロや銃撃・通り魔に出会ってしまった時」にしましょうか。

でわでわ~。
 先日、ある方と話をしていて感じました。音楽の無い人生は空虚だと。いくら言い訳しても音楽の話も出来ない方はうつろな人です。どっかのショップでは無いですが「NO LIFE NO MUSIC」。
 私の人生には、物心ついてからいつも音楽がありました。幼年期から聞き覚えた音楽は忘れないものです。
 小学高の頃はピンキー&キラーズやブルーコメッツ(レコード大賞穫ったのにカラオケに無いw)をはじめいわゆるグループサウンズがいつも聞こえていました。
 その後、歌謡曲というものがTVでいつもかかりましたね。色々な歌手さん達が思い浮かびます。 当時は森進一さんがイケメンwだと思っていました。
 その頃、初めて映画館で見た映画が「トラ・トラ・トラ」でした。内容は忘れました。最近、DVDで見ています。
 小学生の頃から家にあったギターで真似したのが吉田拓郎さんなどです。10歳でギターを始め、フォークを弾き弾きながら友人に電話して途中で今で言う「寝落ち」していました。
 ラジオで色々聞いて近所の貸しレコード屋さんに借りに行きました。ステレオなんて持っていないので別室の兄(長男って何でも買ってもらえていいですね)の所でカセットテープに録音していました。これはかなり長い間続きました。そう、7年位かな。
 引っ越しなどで、たまたま(借家ですが)ちょっと離れみたいな自分の狭い部屋が与えられましたので時間に関係無く音楽の練習などが出来る様になりエレキギターやエレキベースを始めました。アンプも楽器もアルバイトで購入。2台のアンプにヘッドフォンを付けて色々な曲をやっていましたら友人がパンクという音楽ジャンルを教えてくれて「貧乏で怒りに満ちた自分にピッタリだ」と思いましたね。そういった音楽は貸しレコード屋に無かったので頑張って買いました。
 それもやはり兄の部屋でステレオからラジカセに録音していましたのでベース音が聞こえないのです。そんな中で(今にすればバカみたいですが)懸命に音を拾って耳コピしていました。
 もちろん、バークレイなどの音楽大学の教本も取り寄せて読んでいましたが中々難しくて音楽活動をしたいと思うばかりでした。
 で、近所の楽器屋さんが主催するライブにいつも顔を出している内に照明やら何やらのスタッフに使われるようになりました。ポスター貼りを頼まれて検挙された事もありますw。
 そのライブでは後にバンドで出演する事もあったり、今でも感謝しております。私達の後輩ではグレイとかのメジャーバンドになった者もおります。
 また違ったアプローチで小学校からの友人(イジメッコでもあったw)から「パンクバンドやるから手伝ってくり~~」というのもありまして、とりあえずミーティングに行ったのですがパンクファッション(普段着)の私を見たメンバー(初対面)が、ちょっとビビって『色々教えて下さい』と丁寧に言うので、かなり獰猛そうな奴らにパンク・ミュージックについて講釈たれましたw。
 で、オブザーバーになって欲しいと言うので快諾しますと、旧友が『参加してけねーか?』と言いましたのでメンバー&オブザーバーになってしまいました。
 つまり曲は各自が持ち寄り(コピーが多いですが)私が裁定して(偉そうですが、一応選ぶ立場)演る曲を決めて、耳コピ出来ない奴にはタブ譜を書いてマンツーマンで演奏出来るようにした訳です。
 で、そんなバンドがどこで演奏するのかというとメンバーが合同ギグや単独ライブを決めて、チケットも彼らの強面で後輩等に売りつけてしまうのです。私はチケット売った記憶ありません。
 当日、会場に行くと客はローラー(リーゼントのあんちゃんや女の子)とパンクやテクノポップ好きっぽい若者で一杯。舞台の袖から見て呆れてしまいました。
 何回目かのギグでライブハウスの昼間の事です。うちはパンクですが、ロックンロールぽい曲も多いのでローラー達が狂った様に踊りだしライブハウスは熱狂に包まれました。メンバーの一人は暴れてシュアのマイク(十万円位のもの)をぶち壊してしまった位でした。
 終わって、ライブハウスの管理者(筋者)に呼ばれ場所を変えて昼間の喫茶店でお説教タイム・・・弁償の事を考えました。
 ところが、管理者の怖い人が『お前らいーじゃん♬うちのハコバンやんないか?』とのお言葉。
 え!という感じでしたが弁償よりはいいかと了解しました。 
 その後は好きな時にライブハウスで練習し(いるのは暴力団の人々だけ)土曜日の夜はフルライブでガンガン演って事なきを得ました。
 私は『CDデヴューすっか』という声を聞きつつ進学してしまいましたが、バンドはスタジオなどでの身内の喧嘩(私がいた頃は仲裁役でした)が絶えず解散したそうです。タウン紙などにも紹介された人気バンドだけに残念です。

その後、もう数十年経ちましたが『アナーキーやフリクションと共演したな~~』と思い出すと懐かしく、ついついYouTubeに音源アップしちゃったりしています。カセットテープは劣化しますがアップすると残りますからねw。

 ちょっとした自分の音楽体験でした。今はアメリカンロック~日本POPに好みは変わりましたが、やっぱりロックっていいですね~~。

でわでわ~~。