今日は疲れてしまった。好きじゃない後輩に優しくできない。強い言葉で当たってしまう。私と正反対で甘え上手でやりたくないことはやらないでクネクネしてたら周りが助けてくれる。おじいちゃん社員や先輩が重いもの持ってても手伝いましょうか。って自分なら言うところで全く言わない。

なんか自分のやってることを思い通りにしたいだけなのかな、私。コントロールしたいのかな。母と同じ事をしている。と言うことは、母も私にジェラシーを感じていたのかな。

好きじゃない後輩って書いたけど、嫌い。


でも、この前ノートに沢山書いてた時に、「やりたくないことは、やらない。嫌なことは嫌。嫌って思ってもいい。やりたくないって思ってもいい。我慢しない、頑張らない。」って思って、そうしたら、嫌いな後輩のことも少し丸くというか、穏やかに見られた。

なんか息が深くなった。

それって結局、私の心がやりたくないのにやっているって自己犠牲やったんやな。

そして、やりたくないことはやらない、体がやりたくないことはやりたくない、体を痛めつけることはやりたくない、体を楽にって思いが湧いて、呼吸や食事や無理な姿勢をなるべく楽なように変えようという思いになった。気づくだけでも力が抜けた。なんか腑に落ちた。嫌って思っていいんだ。やりたくないって思っていいんだ。自由になれた。私はやりたくないことは”やらない”を選べるんだ。