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先日、十勝プラザで“青年海外協力隊の体験談を聞いてきた。講師の金清百広氏は、2015から2年間にわたって協力隊でケニアに行ってきたという。

ケニアの人口は、約5,400万人で、面積は日本の1.5倍であるから、戦争が行われているウクライナと同じ広さである。経済規模は1/15ぐらいで、観光が大きな産業になっているものの農業国である。

首都はナイロビで、人口は約440万人であるから北海道の9割である。野性動物の宝庫・動物天国として世界的に有名な「マサイマラ国立保護区」は、ケニア南西部に位置する。

生息する野性動物は実に様々で、シマウマ、水牛、ゾウ、キリン、といった草食動物が群れをなしており、一方でそれを捕食するライオンやチーター、ハイエナ、ジャッカルなどの肉食動物が集まるらしい。

講師の方が撮った写真にも多くの動物が写っていて、首都ナイロビにもキリンがやって来るらしい。東京都にキリンが住んでいると思えば良いらしく、雄大な自然に囲まれている国である。

講師の話で一番興味深かったのは、お金中心の価値観はケニアに通用しないことである。人間の幸せは、お金ではないのである。しかし、11歳~13歳の子供で読み書きできない子供が約3割もいるそうで、教育レベルを上げることも必要だろう。

また、大小約40の民族がいるらしく、日本人と違って陽気で踊りが好きらしい。ニワトリの肉を食べて踊っているケニアの女性たちを見ると、なぜかアイヌ女性主体の「帯広カムイトウウポポの会」の女性たちの踊りと同じように見えた。日本人の祖先であるホモ・サピエンスは、20万年前にアフリカを出て、万年前に日本列島にたどり着いたという。

なお、帯広畜産大学卒でJICAに勤め、パラグアイ、モンゴル、タイなどの海外生活が長かった人からのメールが届いたので、参考までに載せよう。

『 地球温暖化は、人類の驕りが原因です。利便性を極め、贅沢三昧の生活をもっと原始的にしなければならないと思います。最近のニュースを見るにつけ、日本の基礎インフラの脆弱さを痛感します。科学や技術が発展したが、地震や台風などの自然災害に弱い有様を見るたびに心配になります。

ウクライナ戦争の影響でエネルギーをはじめ食料の値上げで、今からの生活も心配です。これを機会にもっと質素な食生活を心掛けるべきと思います。中南米、東南アジア等で生活しましたが、贅沢は出来ませんが、人々は精神的にはタフで生活も豊だと感じました。』

なお、JICAとは、独立行政法人国際協力機構で、日本の政府開発援助を一元的に行う実施機関として、開発途上国への国際協力を行なっている。Japan International Cooperation Agencyの略称で、「ジャイカ帯広」の設置は、国会議員 鈴木宗男氏の貢献が大きいらしい。また、講師によれば、ケニアからジャイカ帯広に来ている人は現在2人で、スーパーエリートの人がほとんどであるらしい。

「十勝の活性化を考える会」会員

 

人間の祖先であるホモ・サピエンスは、5~10万年前にアフリカを出て、4~5万年前に東アジアに進出したと言われている。原日本人である縄文人は、2万年前から約3千年前まで、現在の北海道から沖縄本島にかけて住み、縄文文化と呼ばれる文化形態を保持していた。そして、渡来系弥生人との混血を繰り返しながら“人間の遺伝子が受け継がれ、今の私たちが存在するのである。

現代の日本列島3集団(アイヌ、琉球人、本土日本人)との関係を見ると、アイヌ、琉球人、本土日本の順で縄文人の遺伝子が強いことが、最近の学者によるゲノム解析で分かってきた。

篠田謙一著日本人になった祖先たちなどのアイヌ関係の本を多数読んできた。それで分かったのだが、縄文人(アイヌ)が日本人の始まりであるということである。日本人の祖先は縄文人で、朝鮮半島から来た渡来系弥生人との混血を繰り返しながら、その末裔に本土日本人がいる。

アイヌと呼ばれる前はエミシと呼ばれていた。そして、私の母方の両親は北東北出身なので、当然、アイヌの血が流れていることになる。アイヌと言われ始めたのは18世紀前後で、古くは“エミシ”、その後にエビス、エゾ、アイノ、カイノ、エンチュウなどと呼ばれていた。

エミシとは荒ぶる人の意味で、大和朝廷から続く歴代の中央政権から見て、日本列島東国(現在の関東地方東北地方)や、現在の北海道樺太などに住んでいた人々の呼称である。本州では、弥生文化が定着したあとも従来の縄文文化を守りつづけ、弥生文化に同化しなかった人々、それがエミシ(アイヌ)だったのである。大和政権の支配地域が広がるにつれて、エミシの人々が住む範囲は変化していった。

近代以降、アイヌは北海道樺太千島列島カムチャツカ半島南部にまたがる地域の先住民族で、アイヌ語母語とするアイヌを指している学者も多い。アイヌ民族がいつから北海道に住み始めたことについては諸説があり定かではないが、13~14世紀頃に、現在伝わっている「アイヌ文化」が生まれたといわれている。 

明治時代になってからのアイヌ民族は、北海道に追いやられて、生活の糧である狩猟やサケ漁も制限された。加えて、日本語も強要され、やせた土地に強制移住させられるなど多くの抑圧、差別を受けた歴史があったことを忘れてはならない。持続可能な地球を作るために、「自然との共生」というエコロジカルな生活を営んでいたというアイヌ民族の精神文化を、今一度考えたいと思う。

さて、当然のことであるが遺伝子は遺伝する。例えば、子どもは両親の遺伝子を持って生まれるが、その遺伝子が顕在化する場合と顕在化しない場合がある。

ご本人のご了解を得て、次の写真を載せる。1枚目の写真は、あの有名な「晩成社」幹部の一人であった渡辺勝の奥さんであったカネさんの晩年の写真である。2枚目の写真は、最近に撮った知人の写真である。約100年前の写真の比較であるが、お二人が似ているのは、血縁関係があるらしい。

戦後、太平洋戦争が終わって中国残留孤児の捜索があった。まだ、DNA検査が行われておらず、叔父さんや叔母さんの顔と似ていることが決め手になったが、このお二人の写真も遺伝子のなせる技である。私は既述のようにアイヌの血を引いているが、多くの和人は縄文人が多いので、遺伝子によりエミシやアイヌの血が流れている祖先を持っていると思っている。

「十勝の活性化を考える会」会員

 

東京都が4月21日、新型コロナ感染状況の分析結果を公表した。“7日間平均”が4週連続前週上回り「注意必要」とした。身内が、6カ月間の留学ビザを申請中なので心配している。もし再び、世界中に大流行すると世界経済への影響が大きいが、日本においては5月連休明けから5類のインフルエンザ並みに分類されるので、申請は受理されるだろう。

 新型コロナが流行し始めてから、3年間が過ぎた。これにより、多くの人の運命を変えた。死んだ人、ズーム授業を余儀なくされた人、リモートワークが増えた人など様々であるが、人間の価値観そのものを変えることとなったのは間違いないだろう。

父親が4歳の時、母親がスペイン風邪で死んだので顔も覚えていなかったそうだが、今回の新型コロナでも多くの死んだ人がいるので、父親と同じようなことがあったのだろう。

 新型コロナは、中国の武漢市で発生したと聞いているが、このようなパンデミックは、これからも起きると思って間違いない。なお、パンデミックは、感染症の世界的な大流行を表す言葉で、その規模に応じて① エンデミック、② エピデミック、③ パンデミックに分類され、最も規模が大きいのがパンデミックである。

「十勝の活性化を考える会」会員