GWWという会社がある中で、田舎はしっかりカレンダー通りに出勤


幼少期は自宅が標高1000メートルを超えていて、標高差300メートル、片道4キロメートルの徒歩通園・通学だった


保育園の時は母が同行してくれ、私の体力が尽きたところでおぶってUターンした


学校規則で家族の車に同乗が不可だったのが理由だが、3歳児に往復8キロメートルは辛かった


しかし、小学生になると帰り道は楽しいことが山ほどあった


それは自然のくれた宝物だったと思う