久しぶりにブログを更新します。
あくまでもふと思ったこと当然発信するためのブログなので頻度はかなり低いです。
はじめに言っておきますが、今回は少し長くなります。
この一年の心境を初めて語ります。
23シーズンも社会人ラクロスを続け、さらにはコーチという初めてのことにも挑戦した一年だった。
まずは自分自身の選手としての1年を振り返る。
今年は正直言ってメンタル的にとても不安定だった。
端的に言えば自分は承認欲求が強いのと、DFリーダーとしてやらなければいけないことを目の前にして、そのプレッシャーに負け、逃げたこと。
これがこの1年の全てだ。
言い訳をするつもりもない。
自分に厳しい面があるので、たとえ周りに良かったねとかナイスプレーと励ましてもらっても、自分が納得するような形でなければ納得できず、結果悪くはないのにネガティブな思考に陥るという悪循環だった。
その結果、1月から7月くらいまでラクロスをするのがネックに感じたことがあった。AXISという組織でラクロスをするということが自分にとって足かせとなっていた。
その結果AXISの練習を度々理由をつけて休み、現実逃避した。そしてまもなくDFリーダーを解雇となった。
そこに関しては強化グループのメンバー、そしてDFメンバーには多大なるご迷惑をおかけし申し訳ない気持ちでいっぱいです。
正直OPECに負けたのは自分のせいだと思う。
自分が早くDFの方針を決めていれば。
自分がもっと頭が良ければ。
自分がもっと周りを頼っていれば。
「DFリーダーは最初から自分がやるべきではなかった」とも思った。
でもそこに関してはDFリーダーを任せてくれた人たちに申し訳ないのでそんなことは言えない。
HCCの学園に取られた1失点。
自分が抜かれて得点されたのだから当然悔しいが、
これまでの経緯を考えた時にとても
「単に抜かれた」では済まされないほど
色々なことが脳裏をよぎった。
これは今初めて言うことだ。
wolvesに負けて全てを変えると決心したあの日から
1日たりとも昨日の自分に勝ったことはない。
筋トレもこの1年してこなかった。
壁当てもほとんどしなかった。
その上組織運営も疎かにした。
そしてまた東海と戦う日を迎えた。
結果は知っての通り9-4で敗北。
最初の2失点は紛れもなく自分のせいだ。
あの日ほど自分を嫌いになったことはない。
とまあ、ここまでものすごいネガティブ以外のなにものでもないことしか書いていないのでここまでにする。
ただ、こうして思うのは自分は取り返しがつかないことをした。それは紛れもなく事実だ。
ただ1年かけて気づいたこと、いや最初から気づいていたことだが「行動しなければ何も変えられない」ということ。
振り返ってみればこの1年ずっと受け身で生きていたと思う。
何事も必要最低限しかしてこなかった。
最小のエネルギーで生きてきた。
原動力はなんだっていい。
自分にとってそれは
「東海に9-4で負けたこと」
そこに全てが詰まっている。
前述してきた経緯がある。
だからもう2度とそんな思いはしたくない。
他人に誇れる自分ではなくても、
自分を誇れる自分でありたいと思った。
自分に嘘をつかず、何事にも全力で取り組んで
自信を持てるように生きたい。
そうこの1年を通して痛感した。
「全力でやり抜いた結果、どう在りたいのか?」
「どんな人間で在りたいのか?」
「どう生きたいのか?」
この問いに愚直に答えられるような
そんな次の1年にする。
ここまでが選手としての振り返り。
ここからはコーチとして振り返る。
23シーズン、小樽商科大学男子ラクロス部1年生育成コーチとしてコーチキャリアをスタートする。
コーチをすることになった経緯は
昨年12月にあったツインでの練習に参加した時に
元気さん(22シーズン育成コーチ)に
「どこかのコーチやるの?」と聞かれたのが始まりだ。
そしてその日その場でコーチを承諾した。
(もちろん後日正式な場でコーチ依頼を受けたが)
自分は基礎技術には自信があり且つ動作分析能力に長けているため、育成コーチはうってつけだと思っていた。
こうして迎えた春。
「樽商のオータム単独出場、優勝」
この条件でコーチを引き受けたが、春段階で新歓がうまくいっておらず2桁に満たなかったため、コーチを辞めようと思った。
理由は約束と違うから。
今思えばそうやってすぐネガティブな要素を用いて外野からたくさん口を出すという行為は最もやってはいけないことだったと思う。
難癖つけてすぐに諦めようとすることは簡単だ。
でもそこで学生のフォローをもっとしていれば、
もっと他にも自分にできることはあったのかもしれないとおもった。
社会人として、コーチを名乗る者として恥ずべき行為だった。
そんなこんなで約半年間、23たちの育成に携わった。
結果、1回も勝つ喜びを味合わせてあげられなかった。
育成は正直上手くいかなかった。
オータムを経て、
「23たちの大切な4年間のうちの最初の1年をこんな形で終わらせてしまった」
とその時初めてことの重大さに気づいた。
育成コーチは単にラクロスを教えるのが仕事ではない。
ラクロス自体、そんな単純なものではない。
一見技術を教え込んでいるだけに見えるが、実は人間性や社会性も同時に育まれている。
その一部を自分が担っている。
彼らの人生の0.5〜1年弱の時間を自分が割くことになる。
だとしたら自分はものすごく中途半端な人間だし、中途半端なことをした。
彼ら、彼女らに申し訳なく思う。
一体自分はなにを残してあげられたのだろうか。
幸いにも退部者を誰1人として出さなかったが、それは
自分の力ではない。
上級生と23の1人1人がラクロスに、樽商ラクロス部に所属することに価値を見出してくれたからだ。
よくいろんなコーチのブログを見ていると
「学生たちから色んなことを学ばさせてもらった」
という文言を見るが、まさにその通りだ。
多くのことを学ばせてもらった。
自分が与えられたものは少ないが、
みんなからは色んなものを与えてもらった。
コーチをやらせてくれてありがとう。
P.S.
真面目だけどバカで国公立とは思えない人でなし陰キャ9人衆、ポテンシャル高いのに能力まだまだまだまだ低いから(俺のせいだけど)、この冬死ぬほど自主練してね?
自主練しなさ過ぎだから、狂ったように自主練して。
来年はもう主力として試合に出なきゃいけないから、もう時間は無いよ。
期待させてね。
スタッフの4人は前ちょろっと言ったことだけど、戦う方法はいっぱいあるし、今や情報はどこにでもあるからそれを自分から掴みにいって樽商のスタッフ組織を23が未だかつて無い高みへ押し上げて欲しい。
まだまだ出来ることは山ほどある。
#23lax
#やるか絶対やるか





